ニュースUP

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

ニュースUP:マクドナルド アルバイトで行列=経済部・横山三加子

 ◇過剰な演出に違和感

 日本マクドナルドの御堂筋周防町(すおうまち)店(大阪市中央区)で昨年12月、新商品の発売日にできた行列にアルバイト1000人も含まれていた。約1万5000人が並び、売上高約1002万円は店舗最高記録の更新だと同社が発表した後の発覚で、発売日を取材した私はだまされた気分でがっかりした。年が明けても違和感が残っている。企業が商品の話題作りやPRに力を入れるのは当然として、演出や仕掛け作りはどこまで許されるか、そのことを改めて考えた。

 今でもよく覚えている。12月23日。関東地方で先行販売した大ぶりのハンバーグを挟んだ「クォーターパウンダー」が大阪で発売され、取材前には予想もしていなかった数百メートルの行列が御堂筋にできていた。

 行列の先頭は、ミニスカート姿の女性(24)で、客代表として開店イベントにも参加した。前日夜の午後11時半から並び、「寒かったけれど、肉厚なハンバーガーを早く食べたくて」と口にしたとき、私は「マクドが用意したのかな……」と不自然さも少し感じた。「二千数百人のお客様が並んだようだ。さすが食の大阪。1日の売り上げ最高記録を作りたい」。同社の原田泳幸会長兼社長は会見で語り、行列はさらに伸びて長堀通に達している。若者も家族連れも中高年も並んでいた。「なぜかすごい行列です」と、カメラマンの手配を写真部に連絡した。なのに……。

   ◇   ◇

 結局、夜中から並んだ先頭20人を含めて、モニター調査のアルバイト1000人が行列し、先頭のスタイル抜群で目をひいた女性はなんとイベントコンパニオンだった。同社は昨年11月に東京の2店舗でも、同じ新商品の発売日のイベントで行列に並ぶアルバイトを集めていた。

 同社はこう説明した。「東京の店舗はマクドナルドのブランド名を隠した店だったので、盛り上げに力を入れた。大阪ではアンケート調査で客の反応を見たかった。マーケティング手法の一つで、誤解が生じたなら考え直すことも必要だろう」

 サクラを使わずに行列ができた有名な店は他にもある。カジュアル衣料世界大手のH&M(ヘネスアンドマウリッツ)は昨年、東京で2店舗が開店し、入場制限の行列が続いた。同社広報は、「ファッション誌やテレビの効果が絶大。行列が続いたのは予想以上だった」と振り返る。

 「できるだけスムーズに買っていただきたいのですが」(広報)と言うのは、米国発のクリスピークリームドーナツで、購入に数時間かかることもあるドーナツ店だ。できたてを買えるのが人気で、作る過程を見て楽しめる。時々ドーナツの試食もあり、待ち時間を楽しむ仕掛けがある。

 どちらもマスコミへの情報提供や並んだ人に対するサービスに工夫はあるが、「アルバイトを並ばせるようなことはしたことはない」(両社広報)と明言する。

   ◇   ◇

 「アルバイトを並ばせたのは言語道断。本当に買いたいと思った客に失礼だ」。取材に応じたマクドナルドの元社員(35)が指摘した。御堂筋近くの店舗が選ばれたのは「大通り沿いで行列が作りやすいし、マスコミも取材しやすいから」と推測し、当日は関西地方の店舗の店長クラスにも新商品を買いに行くように指示があったと言う。「サクラは手法の一つとは思うが、どんなことをしてでも数字を取りにいく考え方は疑問」と言う。

 アルバイトを行列に並ばせるのは、他と同じ行動をとろうとする動物の行動特性(同調性)を利用した古典的な手法だ。早稲田大学意思決定研究所の竹村和久教授(社会心理学・行動意思決定論)は、「並んでいると、並びたくなるもの。雪だるま式に行列は長くなる。1000人の効果は強力」と話す。しかも、実害はない。「悪徳商法や詐欺には気を付けてほしいが、この種の行列ならだまされてみるのもいい。人は失敗しながら意思決定について学んでいく」と、竹村教授はおおらかにとらえる。ただ、「行列効果は短期的。長期的に見たら大事なのは中身だ。商売は正直であるべきだ」とも指摘する。

 では、仕掛ける側の受け止めはどうか。虫歯予防効果があるとされる甘味料「キシリトール」のブームの仕掛け人でマーケティング会社インテグレートの藤田康人社長は、「並ぶかどうかの最終判断が、並ぶ側に委ねられていない点に違和感を覚えた人が多いのでは」と解説する。飲食店の開店などで無料券を配るケースがあるが、そこには並ぶかどうかを考える余地がある。給与が支払われ、意志にかかわらず並ぶアルバイトとは違う。発売日に店頭でモニター調査をしなければならない必然性は低いし、信ぴょう性に欠ける売上高を、記録として発表したことも説得力に欠ける。

 しかし、行列に並ぶアルバイトは珍しくないのが現状で、業界内でもルール化を求める動きがあるという。藤田社長は、「ブームを作るのが私たちの仕事で、消費者やマスコミにうまく情報発信をしなければいけない。知恵比べだ。ただ、心を金で買おうとしたら失敗する」。

 昨年相次いだ食品偽装問題とは全く異なるのだが、消費者は企業の姿勢に敏感だ。行列が過剰な仕掛けだとすれば、企業の道義性が問われ、反発が強まれば企業にとって逆効果ではないか。マクドナルドがアルバイトではなく、仮に無料券を配って行列を作ったのなら、私もだまされたとまでは思わなかっただろう。

毎日新聞 2009年1月28日 大阪朝刊

 

特集企画

おすすめ情報