今日マチ子「センネン画報」に初めて出会ったのは、文化庁メディア芸術祭のマンガ部門の選考の場である。コママンガ・オンラインマンガ・自主制作・その他の部門については、主査であるモンキー・パンチ先生と私がまず候補作を選び、次の審査の場にもっていくのだが、その時、私は「センネン画報」に強くひきつけられた。
派手に訴えかけてくるような作品ではない。だが、なんともいえない味があり、ひっそりとした佇まいのなかに、静かなオリジナリティが漂っていた。モンキー・パンチ先生の評価も高く、次の選考の場でも、多数の先生方に支持されて嬉しかったのを覚えている。
このオールカラーの1ページマンガを毎日一つづつブログで発表しつづけて、ついに一〇〇〇回を迎えた昨年も候補にあがり、紙一重の差で惜しくも上位作品入りは逃したが、二年連続「審査委員会推薦作品」に輝いた。
その「センネン画報」が、ブログだけでなく、今回、太田出版から本として出版され、また新たな形で読者と出会うことになった。この作品を応援してきた身としては素直に嬉しいことに思う。
ブログでは1ページづずつだが、本では計算された見開きの効果が楽しめるなど、本ならではのよさがある。
だが一方で、Web連載ならではのよさもある。
それはすべての作品がオールカラーで楽しめるということだ。商業誌にしろ同人誌にしろ、本という出版形態でオールカラーの作品を発表するのは難しい。だがWebなら、それが比較的容易にできる。
そして今日マチ子さんの作品は、カラーでこそ、その魅力を十全に発揮する。それはこのWebで「センネン画報」を読んできた読者の方々が最もよく知っていることであろう。
私はこれまで、「センネン画報」の魅力を一言で紹介するのに、「ちょっと、みつはしちかこのロングセラー『小さな恋のものがたり』を思い出させるような味がある」という言葉を使ってきた。だが一方で、「センネン画報」には、フランスのマンガスタイルであるB.D.(ベーデー)に通じる魅力があると思っている。B.D.(ベーデー)もまた微妙な色のニュアンスをみせるオールカラーを基本とするマンガスタイルであり、その表現で最も大事なのは、画面に「空気が通る」「風が通っている」ことだという。「センネン画報」がまさにそうした作品であることは、どの1ページを見ても納得してもらえることだろう。そのときに大事なのが、その色遣いなのだ。とくにその「青」の色。
そこには常に風が通っている。そして、今日マチ子は物語ではなくて感覚を、もっと言うなら日常の「感触」を表現する作家である。
たとえば「ニベアは冬の匂いがする」。それを彼女は1ページで描く。1コマでは描けない。ニベアの薄い缶を開ける時の感触と、冷たい風が肌を刺す、冬の初めの感触と、その両方がかけ合わさるかたちで、それは描かれなければならないから。あるいは、夏、カルピスのグラスを置いた跡が紙の上に残る、それをなぞる感触。
そして作品は、ときにエロチックである。たとえばボトルタイプの糊の表面に、中指を沈める感触。あるいは、百合の蕾の先端から静かに滑り込まされた細い針は、開花に伴って外に「排出」される。あるいは、「押し洗い」していた洗濯物が、流し台の中でいつのまにか中身を伴った彼女の身体へと姿を変える。その感触。
そのどれをとっても読者はここに「マンガでなければできない表現」が息づいているのを感じるだろう。
「感触の画家」今日マチ子の単行本デビューと、Webでのさらなる活躍を心から喜びたい。