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神社とアニメのいい関係(2009/1/26)

「らき☆すた」の舞台、鷲宮神社ではキャラクターを描いた絵馬が目立つ(埼玉県鷲宮町で、昨年撮影)
 最初にクイズをひとつ。次のA群の固有名詞と、B群の固有名詞を、1対1で組み合わせてみてください。(すべての正解は本文末尾に)

 A=氷川神社(東京都)、諏訪大社(長野県)、白川八幡神社(岐阜県)、鼻節神社(宮城県)、御袖天満宮(広島県)、鷲宮神社(埼玉県)。

 B=「ひぐらしのなく頃に」、「東方風神録」、「かんなぎ」、「かみちゅ!」、「らき☆すた」、「美少女戦士セーラームーン」。

 すべて正解された方は、相当のアニメ、ゲーム通では。さすがです。

 B群はいずれも人気の高いアニメまたはゲーム。そしてA群は、その「舞台」となった神社。舞台といっても、神社名などが明示されているわけではない。背景画などに現地の風景が使用され、熱心なファンがその絵をもとに場所を探索し特定、ブログなどで発表する。それを見たほかのファンが現地を訪れる、という流れだ。

「らき☆すた」の舞台、鷲宮神社

 そのうちのひとつ、「らき☆すた」の舞台となった埼玉県鷲宮町の鷲宮神社を今年正月、訪ねてみた。

 商店街を参拝客の長い列が延びている。地元商店街が作者や出版社と協力して開発した弁当や酒、せんべいなども好評のようだ。限定商品の携帯電話用ストラップには「売り切れ」の表示が並ぶ。奉納された絵馬には登場するキャラクターを上手に描いたものが多く、見ていて楽しい。「絶対声優になる」という決意を書いた絵馬を見ると、応援したい気持ちが自然にわき起こる。夏と年末、東京で開かれるコミケ(同人誌即売会)に参加した後、埼玉に足を延ばすのがひとつのパターンだ。

 鷲宮神社の三が日の参拝客の総計は、一昨年の13万人から、昨年30万人に急増した。今年も地元は昨年並みの人出を予想していたが、実際は42万人へとさらに増加。根強い人気を裏付けた。

 アニメ、ゲームの舞台を巡る行為が「聖地巡礼」と呼ばれ、盛んになってきた。なかでも、冒頭で述べたように神社がその主たる目的地になるケースが目立つ。なぜか。

「背景画の精密化」が背景に

 その1は背景画の精密化だ。

 実は映画やテレビドラマのロケ地観光が以前から盛んだった。戦後間もなく米国映画の舞台が人気となった第1次ブーム。ただし当時、実際に行けたのは少数で、多くの人は高度経済成長後に足を運んだ。そしてバブル期前後の第2次ブーム。主に機材の発達と都市再開発の活発化で街なかの撮影を多用したトレンディードラマの撮影地をカップルなどが訪ねた。そして地方都市が観光振興を狙い撮影を積極的に誘致し始めてからの第3次ブーム。手本となったのはかつての大林宣彦監督による「転校生」などの尾道シリーズと、韓国ドラマ「冬のソナタ」だろう。第3次ブームでは「世界の中心で、愛をさけぶ」などのロケ地が人気を呼んだ。

 一方、昔のアニメの背景といえば、「巨人の星」「サザエさん」「ドラえもん」「マジンガーZ」「ルパン三世」などを思い起こせば分かるとおり、「住宅地」「山奥」「都会」などを示す記号以上のものではなかった。ドット絵時代のゲームもしかり。スタジオジブリをはじめ、最近の作品は絵のレベルが違う。世界観に合う舞台を求め、綿密にロケハンを重ね、写真などをもとに背景を描き込む。とりわけ「らき☆すた」を制作した京都アニメーションはそのあたりにこだわる。実写作品同様、作品のファンが舞台を訪れるのは自然な流れだ。

神社は人が集まりやすい場所

 その2。それでは、なぜ神社なのか。神社は人が集まりやすく、かつ、ファン同士の交流を可能にするからではないか。

 鷲宮神社に集まる「らき☆すた」ファンを研究した北海道大学の観光学高等研究センター准教授、山村高淑氏は昨年、地元の協力を得て独自取材と調査を重ね、結果を「アニメ聖地の成立とその展開に関する研究 アニメ作品『らき☆すた』による埼玉県鷲宮町の旅客誘致に関する一考察」という論文をまとめた(ネット上でも公開中)。

 山村准教授は、「神社」という特殊な場が持つ意味も大きいとみる。

 実写でもアニメでも同じだが、ロケ地観光は地元で必ずしも歓迎されるだけではない。普通の民家や路地、学校などを見知らぬ人が「うろうろ」し、写真を撮影する行為を、住民が迷惑に感じたとしても、ごく自然な感情だ。

 神社は違う。もともと人が集まるのを想定した場所だ。ファンは大手を振ってロケ地観光を楽しめる。写真撮影も問題ない。

 しかも、神社には「絵馬」という装置がある。

 地元商店街がファンの存在を認知したきっかけは、神社の絵馬だったという。キャラクターを描いた奉納絵馬を見たファンが、コメントを書いた絵馬をさらに奉納。ネット的な匿名コミュニケーションがリアルな場で展開されたわけだ。昔の喫茶店の回覧ノートを思わせる。2ちゃんねるやニコニコ動画の面白さは、時間をかけて積み重ねられた多くの人の言葉の蓄積を一覧できる点にある。奉納絵馬観賞と全く共通する。

 神社も、この種の絵馬を長く残すように配慮したそうだ。記者が昨年夏ごろ訪れた時は、英語や中国語、ハングルの絵馬も目立った。

和物系ファンタジーの流行

 その3は神社が当然持つ「宗教性」だ。宗教との連想で「聖地巡礼」という行為が誘発された可能性も論文は指摘する。

 そもそも神社とは神道の聖地。しかも「らき☆すた」では主要登場人物である女子高校生4人組のうち2人が神社の娘という設定だ。彼女たちが巫女(みこ)の衣装を着て親の仕事を手伝う場面も登場する。ただ神社が背景画に登場するだけではく、作品内容と神社とが密接に結びついているわけだ。

 冒頭で紹介した作品の大半は「らき☆すた」同様、主要登場人物が神社の関係者であり、それゆえ「不思議な力」とも無関係ではない。

 10年ほど前、エンターテインメント界ではミステリー(推理物)が盛んだった。冒頭で謎が提示され、最後に合理的に解決される。しかし「ハリー・ポッター」シリーズの登場やライトノベルの興隆で、人気の軸はファンタジーや伝奇物など「非合理的」な物語に移ってきた。日本古来の「不思議な存在」が物語の軸になる伝奇小説や、京都や奈良を舞台とする和物系ファンタジーの流行が神社への注目度を高める。

「何となく特別な場」への関心

 その4。実はアニメやゲームなどエンターテインメント発の人気とは別に、神社という場への関心は今、若い女性などの間で高まっていると言われる。スピリチュアルやパワースポットの人気の延長線で、教義や歴史とは離れ、心が落ち着く「ヒーリングスポット」として神社がとらえられているようだ。東京・神楽坂にある赤城神社は境内の古い建物や民家を転用し、カフェや和食料理店を開き、人気を集めた。

 「何となく特別な場」という感覚は、むしろ神社という場が本来持つ役割や位置づけ、魅力に近いかもしれない。そんなトレンドも「神社」への「聖地巡礼」を後押ししているように見える。

 また、巫女姿とコスプレブームとの関連も無視できまい。最近発売された「らき☆すた」と「涼宮ハルヒ」のコラボレーション出版物の表紙では、巫女の衣装を着た「らき☆すた」の登場人物と並び、本来は巫女や神社と無関係な「ハルヒ」も巫女姿で描かれていた(確かに「非合理的な、不思議な力」とは無縁ではないが……)。

 神社は時にコミュニティーの中心であり、時に村外れでデートやケンカの場となるすき間のような場所でもあった。こうしたイメージが、最近の若者の地元志向や緩さ志向と呼応し、足を運ばせている可能性もある。

 ただ「人気作品の舞台にたまたま起用された」というだけではなく、さまざまな解釈や分析が可能になりそうな「神社」への「聖地巡礼」現象。今後、どこまで広がるだろうか。


【冒頭のクイズの答え】
氷川神社(東京)は「美少女戦士セーラームーン」、諏訪大社(長野)は「東方風神録」、白川八幡神社(岐阜)は「ひぐらしのなく頃に」、鼻節神社(宮城)は「かんなぎ」、御袖天満宮(広島)は「かみちゅ!」、鷲宮神社(埼玉県)は「らき☆すた」に、それぞれ舞台として登場した。ただし作中では架空の神社や場所であり、名前は変えられている。


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