故森嶋通夫ロンドン大学名誉教授は、経済状態は単なる物質的基盤だけで説明すべきではなく、その社会のエトスの寄与を見なければならないと繰り返し述べていた。エトスとはその社会が持つ価値観や支配的な意識といった意味であろうか。経済がエトスを決め、エトスが経済を決めるという相互作用の中で経済を見なければならないということである。この視点を駆使して、日本の過去の成功を分析し、そして近未来の没落を予言し、彼は亡くなった。
彼の予言の背後にはエトスを変える努力をすれば再び成功が訪れるという含意があったものと理解している。しかし、麻生首相の発言を聞いていると、彼の経済ブレーンが言わせているのだろうが、成功には結びつかないエトスが支配している。「日本が世界の経済成長をリードする」と威勢のいいことを言うが、中身は頼りない。現国会での二つの発言はこの意味で見逃すことはできない。
中国、インドの新興国の成長に期待するという趣旨の発言をした。世界をリードするといったその口で他国にリードしてもらうとは頭の構造はどうなっているのか。経済閉塞(へいそく)の原因の一つは、大きな内需を持ちながら相変わらず、成長を相対的に小さな外需に頼る日本の構造にある。内需を拡大するという意識を持たなければ国民の生活の豊かさは生まれない。
非正規雇用により優秀な企業が外国に逃げないで済んだ、とも言った。そもそも謬説(びゅうせつ)だが、国民を低賃金でしか競争できない部門に張り付けるのと同義だ。このような貧困の拡大を許容する意識は、内需の成長機会を自ら破壊している。
危機の中で、日本人全体のエトスの転換が必要である。(龍)