「奇跡だよ」。電話の声が弾んでいる。笑顔が見えるようだ。友人夫婦に2月、待望の赤ちゃんが生まれる。
友48歳、奥さんは46歳になる。結婚して12年。10年近く不妊治療をしてきた。数年前に会った時に打ち明けられた。「肉体的にも精神的にもきつい。女房が心配だ」と気遣っていた。かける言葉が見つからずにいると「もう無理はしない」と話していた。それだけに朗報に驚いた。
「治療は45歳まで」と決めていたそうだ。「これからは2人の人生を楽しもう」と話し合った。昨春のことだ。5月の連休には海外旅行をした。そんな2人に予想もしていなかった事態が発生した。赤ちゃんがほほ笑みながらやって来たのだ。
重圧から解放され、ゆっくりした時間を持てるようになった。「あきらめて気持ちが楽になったのがよかったのかなあ」と友は今も信じられないようである。
出産まで1カ月。初産である。しかも高齢だ。不安は大きいだろうに、何もしてやれないのがもどかしい。無事な出産を祈るだけだ。
厚労省のホームページを見ると、不妊治療患者数は推計46万人(02年度)もいる。投薬や人工授精、体外受精などさまざまな方法がある。保険がきかない治療もある。一部は補助があるといっても数十万、数百万円とかかれば経済的負担も大きい。それでも我が子の誕生を願っている。
一方で殺人事件が記事にならない日はない。家族内でのトラブルも目につく。新しい命の誕生に感謝した気持ちはどこへ行ってしまったのか。
友はもう父親になったようだ。名前を決めたと言う。「可愛いのは小さなうちだけだよ」とぼやいたが、耳に入らない。「成人するころは70近い。それまで頑張らないといけない」と張り切っている。赤ちゃんの寝顔を見ながら酒を酌み交わす日を楽しみにしている。<熊本支局長・中島伸也>
毎日新聞 2009年1月26日 地方版