座礁を取り巻く、美しき人間模様

list03502 05/10/2update


其の二:「Radio Days」の巻(天野滋氏)


【はじめに】


2005年7月4日、私の手元に一通のファクシミリが届いた。

アトラストというプロダクションからの連絡であり、そこには、
「NSPリーダーであり、弊社代表取締役 天野滋は、
かねてより大腸癌にて療養中のところ、平成17年7月1日午後7時8分、
脳内出血のため急逝いたしました。享年52歳。」
と書かれていた。

これまで生きてきて、私に多大な影響を与えてくれた人たちは何人かいらっしゃるが、
天野さんは紛れもなく、その中にあっても特に大切な恩人の一人だった。

それから暫く、天野さんの「死」というものと直面することが怖かった私は、
夢現の中にあるような茫然とした日々を過ごしてきたが、
先日、アトラストさんとNSPの平賀さん・中村さん主催の「天野滋を送る会」に出席させて頂き、
自分自身に対して「このままではいけない」という思いと共に、
天野さん亡き今、せめて自分の心の中にある、
私が触れてきた生前の天野さんの姿を何かの形にして残しておきたい、
といった思いが強く湧き上がってきた。

いや正確には、無理矢理そういう思いを湧き上がらせているだけなのかもしれないが、
どちらにせよ、私は天野さんの「死」と向かい合う覚悟を決めたのだ。

いつまでも、今この瞬間に天野さんの「残像」ばかりを追いかけているのでは、
きっと天野さんだって嬉しい筈もない。

それよりも、天野さんが私の為にこれまで割いて下さった貴重な時間の数々、
これら一つ一つをもう一度思い返しながら、悲しがったり寂しがったりするのではなく、
これからの私の未来に向けての大切な「糧」として活かしていくことが、
私にできる、天野さんに向けて最高のご恩返しになるのではないか、と考えた。

そりゃ、まだまだ悲しいし、辛いけどね。

「天野さん、貴方の生きた証が、こんなところにもひっそりと根付いているのですよ」
と胸張って云えるような人間になれたらこの上ない幸せだ。


そんな訳でここでは、これから先、不定期ではあるが少しずつ少しずつ、
天野さんと触れさせて頂いた「時間」というものを思い返しながら記していきたい。

最近ではNSPファンの方々も沢山来訪下さっているようで少々プレッシャーもあるのだが、
あくまでも私個人的な視点で捉えた「天野滋」像を記していきたいと思っているので、
せっかくお読み頂いたにも関わらず、
もしかしたら皆さまにとっては納得のいくものではないかもしれない。

その辺りは、予めご容赦頂けますと幸いにございます。



 2005.9.25 up  【第一話】 「きっかけはゾンビーズ」
 2005.10.2 up  【第二話】 「驚愕の真実」
 2007.1.17 up  【第三話】 「師匠誕生」
 2007.2.14 up  【第四話】 「閉ざされる本心」

*上記タイトルをクリックすると、本編までジャンプ致します。


【第一話】 「きっかけはゾンビーズ」  (2005.9.25up)


1990年冬のことだ。

当時24歳の若造だった私は、
勤めていたレコード会社J社で、制作ディレクターなんてことをやっていた。

J社はそもそも、「少数精鋭で洋楽シーンの最先端をリードする」
といったようなスローガンを掲げつつ、
元サックス奏者だった名物社長の下、立ち上がった若い会社であった。

社長の名物っぷりについては、本「美しき人間模様 line up 其の一」からお読み頂ければ、
ご理解頂けることであろうから、ここでは割愛する。


社員数は10人程度、
確かに少数ではあったが精鋭だったかどうかは内緒です。(涙)

洋楽中心の会社ではあったが、
最先端をリードしていたかどうかも内緒です。(血涙)

そもそも邦楽、それもフォークとかが大好きで、
洋楽と云えばS&GとPPM、カーペンターズ、
頑張ってフォーリナーとかエイジアだったような私が、
あろうことか当時大流行りのユーロビート担当に
抜擢されてしまうような会社であること自体、何かが違っていた。

まっ、1996年に倒産してるので、
その辺りから察して頂ければ幸いにございます。(滂沱)


それはそうとして1990年の冬。

海外から山ほど送られてくるCDサンプルやテープの数々、
コレらを時間見つけて聴いていくのも私たちの大切な仕事であったのだが、
ある日、幾つかを聴いていた時、私は一つのCDに釘付けになった。


「THE ZOMBIES / New World」。




最初見た時は、なんか妙なおじさんたちが写っているし、
「わはははは。ゾンビーズだってさ。わはははは」
などと笑っていた私であったが音を聴いてみてビックリ、
無茶苦茶私好みにカッコイイのである。

特にオルガンがステキなの。


「なんだコレ? スゲーいいんですけど……」
と途方に暮れていたら、同僚のY氏が呆れたように云った。

「何? 座礁、ゾンビーズ知らねーの?」

「へっ? 有名なの?」

「60年代にアメリカで大ヒットしたグループだぜ。
日本でも『好きさ好きさ好きさ』って曲がヒットしただろ?」

「あー、あったねぇ……」

「アレの原曲唄ってたの、このゾンビーズだぞ」

「へええっ!」

「まぁ、数年で解散しちゃったから、
今の人たちにはあまり知られてないかもしれんけどな」

「へっ? じゃあ何、コレってば所謂再結成アルバムってヤツ?」

「そーゆーことだぁね」


なる程、そういうことならば、
ジャケット写真がおじさんなのも、内容が素晴らしいのも判る気がする。

と、そこに聴き覚えのある曲が流れた。

「あっ、この曲知ってるぞ」

「ああ、『二人のシーズン(time of season)』だな」

「コレは有名でしょ?」

「うん。当時100万枚以上のヒットを記録した曲だぁな」


この「二人のシーズン」という曲は、今でもTV-CMなどで使われたりしており、
今コレを読まれていてゾンビーズを知らない方でも、
きっと聴いたことがあると思う。つーか聴けば判ると思う。

「コレ、オレ気に入ったっ! 日本盤をリリースするっ!
オレ、ディレクションするっ!」

咄嗟に私はそんなことを口走っていた。

ゾンビーズを知らなかったようなヤツが、
その日本盤のディレクションなんかして良いものなのか、

などという疑問は大きく残るものであるが、
それでも気に入ってしまったのだから仕方ないし、
そーゆーのあっさりと許される会社だったのだから尚のこと仕方ない。


かくして1991年5月、
このアルバムの日本盤「ザ・ゾンビーズ/リターン・オブ・ザ・ゾンビーズ」が、
私のディレクションにより、J社から発売されることとなったのであった。

今思えばディレクターだった私の入れ込みようは凄くて、
アートディレクションにコピーワードは勿論、
なんと歌詞カード部分の訳詞までもを自分で手掛けてしまったものだ。
さすがに解説までは書かなかったけど。(涙)


そしてその発売日の数日前、会社でてろてろしていたら、
一本の電話が取り次がれてきた。

「あー座礁くん? 電話が入ってるんだけど、
なんか『ゾンビーズ』の担当を指名しているから回すねー」

「へーい、了解ー」

電話が取り次がれる。

「もしもーし」

なんか妙に明るくてテンションの高い声の人だ。

「はいはい、もしもしー」

ついつい私も、テンション高く応えてしまう。

「あのー、ゾンビーズのご担当の方ですかー?」

「ええ、ディレクターの座礁と申しますー」

「あー初めましてー!
ボク、NHK-FMのポップスステーションという番組の
パーソナリティをしてます、アマノといいますっ!


「あー、どうもどうもー。
いつもお世話になっておりますー」

いや、まだお世話になったことないのであるが、
コレが社交辞令ってヤツだ。

つーか、
ポップスステーションって番組自体知らんかったです私。(涙)


「なんか雑誌で見たんですけどー、
今度J社さんから『ゾンビーズ』の新譜がリリースされるって
本当ですかー?」

「あー、本当です本当です。しかも発売は今週ですー」

「うわーっ! 嬉しいなぁ!
ボクねぇ、昔からゾンビーズの大ファンだったんですよーっ!」

「おおっ! そうですかっ!」

「でねー、この記事読んで、
どうしてもすぐに本当かどうか確かめたくって、電話をしてしまいましたーっ!」

「わははっ! ありがとうございますですー!」

「是非ともウチの番組でも紹介させて頂きたいと思ってー」

「おおっ! マジっすかっ!?
ならば放送に間に合うように、CDサンプルを早急にお送りしますっ!
いつが放送ですか?」

「えーっとねぇ、ボクが担当してるのは火曜だから今日なんですよねー。
でもそれは無理なので、来週の火曜までに貰えると嬉しいなっ!」

「今日っすかぁ……」

いや、来週でも構わないのであるが、
できることならば発売日前に電波に乗せたいというのが売り手側の心理なのである。

「あの、その番組って生放送なんですか?」

「ええ、基本的にはそうですよー」

「ちなみに、何時からの放送ですか?」

「16時からですよー」

時計を見ると13時半である。

相手のアマノ氏のテンションの高さと話しやすさに甘えた私は、
段々と無茶なことを云い始めた。

「むうう。じゃあ、これから私がNHKまでお持ちしたら、
今日の放送に乗せてくれますー? なんちて……」

半分以上、冗談ではあった。

そもそも16時からの生番組なのだから、
このタイミングでは既に内容が決まっているものだ。

フツー無理です。
ってゆーか、人によってはこんなこと云うと怒ります。


「えっ!? ホントっ!? 来てくれるんですかーっ!?」

「へっ?」

いや、もしも15時半までに来てくれるのなら、
今日の放送に乗せますよー!


「マジっすか!? いいんすかっ!?」

「大丈夫大丈夫!
選曲は全部自分でやってますんで、何とでもできますよー!
でも逆にそれじゃ座礁さんが迷惑じゃないですかぁ?」

「何が迷惑なものでありましょうかっ! 行きますっ!」

「わはははは。
じゃあ、ホントに来てくれるのなら、2曲流しちゃおうっ!

「マジっすかっ!?
行きますともっ! 会社辞めてでも行きますっ!」

「わはははは。じゃあホントに期待して待ってますねー。よろしくうー」


この時の私は、
この電話の相手のアマノ氏が一体どんなアマノ氏なのか、
全く知る術もなく、ただただ約束を守るべく、
慌ただしくクルマに乗り込むだけなのであった。


なんだか書き始めてみたら、
やたら長くなりそうなので急遽連載モノに変更。
次号「第二話」に続くのであった。





【第二話】 「驚愕の真実」  (2005.10.2up)


かくして私は、
会社(中央区勝どき)から渋谷のNHKに向かうべく、
かなり慌て気味にクルマを発進させたのである。


銀座と渋谷の街中の渋滞にはまりつつも、
それでもなんとか14時半過ぎにはNHKに辿り着くことができた。

入り口で入館証を貰い、
スタジオの場所を訊いて小走りに向かう。

ちょろっとお約束で迷ってみたりしつつ、
それでもそれなりに順調にスタジオ入り口前に辿り着いた。

時計を見ると15時前である。

「おおっ。リミットの15時半までまだまだあるではないかっ!」
そう思いつつ扉を開ける。

ぎぎい。


中に入ると、目の前には放送局独特の機材が立ち並び、
一枚のガラスを隔てた向こう側には放送ブースが見える。

手前の部屋には、三人の人の姿が見えた。


「失礼しまーす。
J社の座礁と申しますが、アマノさまはいらっしゃいますかー?」

と一番奥の椅子に腰掛けていた人が、
やおら立ち上がりつつ声を掛けてきた。

「おおっ! 座礁さん? 早いねーっ!!」

「あっ、アマノさんでらっしゃいますか?
ご依頼のブツをお持ち致しましたっ!」

と云いつつ、そちらの方を振り向いた私。


あれっ?
なんか、見たことある顔なのですが?


「あはは、ご依頼のブツかぁ。まぁ確かにそうだよなー」

「えへへ……(愛想笑いしつつ、必死に思い出そうとしている私)」

「それにしても早かったねー。
後で座礁さんの会社の住所調べたら『勝どき』ってなってたから、
さすがに間に合わないかなぁ、と思ってたんだけどー」

「いえいえ、ホントに全てを投げうって出てきましたからっ!」

「ホントにー? 嬉しいなぁ。
じゃあ嬉しいから、もう今日はゾンビーズ3曲かけちゃおうっ!

「マジっすかっ!? ありがとうございますーっ!」


などと会話をしつつ、実はアタマの中では、
「うおおーっ! 誰だったっけかなーっ!
絶対に知ってる人なんだけどなーっ!」
と絶叫している私なのであった。


とアマノさんがまた話しかけてきた。

「コレ、今日のタイムテーブルなんだけどさぁ、
どの曲をかけるか決めなきゃいけないんで、
座礁さんのオススメとかってある?」

タイムテーブル(オンエアー曲目リスト)を、
私の目の前に広げるアマノさん。

タイムテーブルに目を落とす私。

「あっ!」

つい声に出して叫んでしまっていた。

「おっ? どうしたの?」

「あっ、いや……、すみません。何でもないです……」

タイムテーブルのタイトル部分、
そこには「パーソナリティ:天野滋」と書かれていたのであった


実は私、昔からフォークやニューミュージックが大好きで、
勿論NSPなどもギターでコピーしたりしていたのであるが、
「ファン」と胸張って云える程に知っていた訳でもなく、
レコードなども人から借りて聴いたりしていた程度であった。

顔をなんとなく覚えていたのも、当時読んでいた音楽雑誌や、
レコードジャケットでの印象によるものである。

だから存在は知ってはいたが、
いきなり会っても顔と名前が繋がらなかったのだ。

なのでこの時、
「天野滋」の文字を見た瞬間、ようやく記憶の糸が繋がって、
「ひゃああー、夕暮れ時はさびしそうな人だぁ!」
とか失礼なことを思いつつ、いきなり緊張してしまったものである。

だって話をしていても、
芸能人にアリガチな高飛車なトコロとか全然なかったんだもの。(涙)

「うへーっ、それにしてもオレは、
何も知らずに何だかエラいところに飛び込んでしまったのだなぁ」
とか思っていたら、いきなり天野さんが子どものように騒ぎ出した


「おおっ! すげーっ!!
この『二人のシーズン』シンロク(新録音のこと)なんじゃんっ!」

私の持参したCDを見ながら、
何やら興奮している天野さんである。

「あーっ、それ、原曲のメロを忠実に再現していて、
無茶苦茶カッコイイっすよー」

とりあえず、あれからある程度勉強した私である。
ゾンビーズについて簡単な説明をタレる位の知識は習得したのだ。
うはははは。

「おおっ! じゃあ、コレは絶対にかけよう!」

そう云いながら天野さんは、
CDを取り出して視聴用のデッキに挿入。

音が鳴り始める。
それをBGMに、また話を始める私たち。


「J社さんってさー、さっきちょっと調べてみたらさー、
なんかマニアックな音源、一杯出してるよねー」

「ああ、そうですねぇ」

座礁さんもマニアックなの?

その尋ね方はちょっと変だと思うぞ、天野さん。
まぁいいんだけど。

「うむむ……、ある意味マニアックかもしれんですが……、
ウチの会社の方向性とはちょっと違いますねぇ」

「へええ。じゃあ、座礁さんはどんなの聴くの?」

「うーん……。
元々は、日本のフォークとかが好きなんですよお」

「へええー、どんな人聴いてんの?」

「うーん、さださんとか……」

「おーっ! さだくんねー!」

「って、よくご存知なんですか?」

「良く知ってるよー!
マネージャーの山下くん(当時)とか仲良いし、、
バックの坂元昭二くん(当時)とか良く一緒に遊んでるよー!」


「おおっ!! おおっ!!」

なんだかもう意味不明な唸り声を上げる私。

「確かに云われてみればさぁ、
なんか座礁くんって、見るからにイメージがフォークって感じだよねー!
雰囲気でてるもんっ!」

いきなり「さん」付けから「くん」になり、
なんだかちょっと嬉しい私ではあるが、
見るからにフォークのイメージって喜んで良いものなのか?

「他にはー?」

「まぁなんと申しますか……、NSP…とか?」

「へっ……? わはははは。
あっ、もしかしてオレ、NSPってバレてたの?

「いや、バレてたっつーかなんつーか……。
ここに入って来るまでは夢にも思ってませんでしたけど……。
ってゆーか、そーゆーことは先に云っといてもらえないと、
無茶苦茶心臓に悪いっす(涙)


「わはははは。ごめんごめん。
いや、もうそんなにNSPとか知っている人いないからさー。
ただのパーソナリティの天野として接してくれて全然構わないからさー」


嗚呼、なんかとってもイイ人。

そんなこんなで色々と話は盛り上がったのであるが、
そろそろ本番の時間である。

あまりお邪魔しても迷惑になるので、
そろそろ席を立とうとする私。

「それじゃあ、またCDサンプル持って伺いますね」

「あれ? もう行っちゃうの?」

「いや、とりあえずこれから本番だし、お邪魔かなぁ、と。
勿論、放送は会社だと電波状況が悪いんで、
クルマの中でずっと聴かせて頂きますけど……」

「じゃあ、もし時間あるんだったらさぁ、
ここでゆっくりしていけばいいじゃん?」

「へっ? いいんすかっ?」

「大丈夫大丈夫!
なんかいっつも同じ顔ばかりで放送してると飽きるしさぁ、
良かったら是非見ていってよ!」

そう云いながら放送ブースへと入っていく天野さん。


「いいのかなぁ」などと思いつつも、
あっさりとお言葉に甘える私。(泣)

んでも放送開始後僅か5分で、
天野さんが執拗に私を引き止めた理由が判ったのであった。

このポップスステーションという番組、
天野さんは曲紹介とその曲にまつわる思い出などを語り、
その後、何曲か(大体3〜4曲)を連続でかける。

そして曲がかかっている間、
天野さんったらコッチの部屋に戻ってきて、
私とずっと話の続きをしとるねん。


いやぁ、他のスタッフはさー、
音楽かけてる間も放送に集中してなきゃいけないじゃん?
だからその間、オレ一人で凄いヒマなんだよねー。
たまに寂しくなっちゃうんだよー



暇つぶしの相手が欲しかったんじゃん。(涙)



第三話に続くんです。





【第三話】 「師匠誕生」  (2007.1.17up)


数日後のある日の夕方、私はでっかい段ボール箱を抱え、
えっちらおっちらと千鳥足で三軒茶屋の街並みを歩いていた。


実は前回初めてお会いした際に、ウチの会社からリリースしている
他の色々なアーティストについてお話ししたところ、
天野さんは非常に興味を示してくれたのである。

「へぇー、頑張って色々と面白いもの出してるんだねー」

「いやぁ、面白いのはいいんですけどね、
コレらがもうちょっと売れてくれんと大変なんですわ」

「じゃあさ、座礁くんオススメのCDとかあったら、サンプル頂戴よぅ。
オレも聴いてみて、気に入ったのはじゃんじゃんオンエアかけてくからさっ」

「マジっすかっ!?
んでも、オススメしたいCD、めちゃめちゃ沢山あるんですけど……」

「おっ、いいねいいねぇ。楽しみだなぁー」

「いやそんなこと云ってると、段ボール箱ごと持参しますよっ」

「わはははは。いいよいいよ」

「いや、きっとスゲー邪魔になると思いますよっ。
実際、本当に送りつけたら本気で嫌がられたこともあるし……」

「わはははは。大丈夫大丈夫ー。
座礁くんが持って来られるものなら持っておいでよー。大歓迎ー」


ほー、絶対やな。
そーゆーこと云われると、俄然燃える私。

ホレ、普段はテキトーにしょっちゅう学校さぼったりしているくせに、
台風や大雪とかで交通機関が麻痺している時に限って、
絶対学校に来るヤツってクラスに一人か二人はいたでしょ、学生時代。
私、まさにソレでした。


ええ、持って行きましたとも。

CD50枚が丁度入る業務用段ボール箱に、
きっかり50枚、50種類のオススメCDサンプル入れてね。

まぁ半分はネタ的にオイシイという意識でしたけど。

いや、重かったのなんの。


三軒茶屋駅前、大通りのバス停前にある古ぼけた雑居ビル。

事前に教えてもらった地図によると、
ここがどうやら天野さんの事務所が入っているビルらしいが、
なんだか随分と寂れていないか?

ホントにこんなところに音楽プロダクションがあるのか?
事務所は3階と書いてあるが、2階には雀荘とか入ってるぞ。

しかし、どう地図を見てもこのビルに間違いはないようだ。

意を決して階段を昇る。
3階到着。


いかにも事務的な雰囲気の扉がある。
見るとなんだかテプラかなんかで作ったようなシールが貼られていて、
そこには「ハーベスト」と書かれている。
(当時天野さんは現在の「アトラスト」ではなく
「ハーベスト」というレーベル名?を前面に出していた)

あー、間違いないな、ここだ。


そうか。
音楽プロダクションと云っても、
本格的な会社組織として沢山の社員雇ってやってるワケではないのだな。

外からのこの雰囲気とビルの規模から鑑みるに、せいぜい多くて6〜7人程度、
つまりは当時私が勤めていた会社と同じくらいの規模なのね。

実はちょっと安心した私。

あんまり大きな会社組織で、
しかも中で天野さんがいかにも社長といった雰囲気を醸し出してしまっていたら、
間違いなく私は場違いなオトコになってしまう。

「なんだ、この小僧は? なんでこんなヤツがウチの社長に会いに来るんだ?」
とか思われちゃいそうでないのさ。

まっ、10人程度までの規模のところであれば、
なんかホレ、零細企業同士のニオイってあるでないっすか。
仲間意識ってゆーかさ。


なんてことを、しばらく扉の外で考えていた私であるが、荷物が重いねん。
早く中に入って下ろそうよ、オレ。

物凄く無理な体勢を取って、扉をノックする。
いやホレ、重くてデカい段ボール箱抱えてるもんで。

コンコン……


「はーい、開いてますよー。どーぞー」

中から声が聞こえる。
うおっ、入れと云ってるぞ。

ちょっと緊張した私は、
まず扉を開けたらその先にいる人に向かって云うべきセリフを練習する。

「えー、私、J社の座礁と申しますが、
天野社長さまはいらっしゃいますでしょうかー?」

よしよし、完璧。いざゆかんっ。


とドアノブに手を掛けようとした瞬間……。

「ガチャッ」

扉が開いた。

わー、自動ドアだったんだー。すげーすげー。

違います。
中から誰かが開けてくれたんです。


「どちらさまー?」

その人はそう云いながら扉を開く。

「あっ、あの……、私、J社の座礁と申す者でございますが、
あっ、あ…天野社長さまは……、あっ、あれ? 天野さん?」

「おーっ、座礁くんだったのかぁー。いらっしゃーい。
なんだよぅ、遠慮要らないからどんどん入ってくれればいいのにー」


ひゃーっ、
いきなり社長自らにお迎え頂いてしまった私なのでありました。

「どうぞどうぞー、まぁ狭くて散らかってるけどさー」

「あっ、いや、こりゃどーも……」

出鼻を挫かれ、完全に頭の中が真っ白な私。


「って、何その荷物はっ!?
まさか本当にCDサンプル段ボール箱で持ってきてくれちゃったのーっ!?」

あっ、ちょっと真剣に驚いてるぞ、天野さん。
やはりいきなりこれだけの量は迷惑だったか?

実際、室内を見渡してちょっと愕然とした私。
狭いのよ。

多分六畳と八畳の、二間ぶち抜きの部屋なのだけど、
その半分以上のスペースを録音機材やらギターやらで
埋め尽くされているものだから、それ以外のスペースは六畳あるかないか。

しかもそこにメチャクチャ沢山のCDや雑誌が積まれているものだから、
その間隙を縫って歩くのも結構大変な状況。

大体、この段ボール箱を置くスペースが見当たらない。(泣)

とは云っても、
決して部屋全体が散らかっているワケではない。

その所々に見られるCD・雑誌の山もそれなりに整理されているのか、
なんだかちゃんと計算されたように積まれているものだから、
「きったねぇー」とかは全然思わなかった。

このスペースにこの物量は、バランス的にオカシイとは思ったけど。(涙)


「はっ? あっ、コレっすか?
ええ、まぁその約束したので破るワケにもいかないと思いつつ、
実はネタ的にもオイシイかと少々思いつつ……ゴニョゴニョ……」

うあー、さすがに怒られるのか、オレ。


「わはははは。ホントに持ってきてくれたんだぁーっ!
うわー、嬉しいなぁ、ありがとねー」


へっ?

「すっげー楽しみー。どれどれ、早速見せてよー」

あっ、なんかフツーに喜んでくれてる。わーい。

「あっ、重いでしょー?
いいよ、その辺の雑誌やCDの上に置いちゃってー」

「いや、そんなことしたら崩れますて」

「あー、そうかぁ。
じゃあ5秒待ってね、今テーブルの上空けるからさー」

そう云って、天野さんはテーブルの上にあった書類やら雑誌やらを
バンバンその辺りの山積み雑誌の上に乗せていく。

うーん、特に計算してないな。
その割には素晴らしきバランス感覚。


ようやくひと息ついて、
缶コーヒーなどを頂きながら腰掛ける私たち。

「いやぁ、一人でちょこまか仕事してるとさぁー、
なんかもう収拾つかなくなってくるんだよねー」

「へっ!? 一人っ!?」

「ん?」

「へっ!? へっ!? 天野さん、お一人で仕事されてるんすかっ!?」

「そうだよー。なんで?」

「いやぁ、あれだけの実績もあって、顔だってかなり広いだろうし……。
失礼ながら、もっとドーンと大きな会社をやられているのかとばっかり……」

「わはははは。
いやぁオレさぁ、なんか組織とかシガラミとかそーゆーの苦手でさー。
一人の方が気が楽だし、好きなことできるじゃん?
だから一人で細々と仕事する道選んじゃったんだよねー。
いつも金には苦労してるけどさっ、わはははは」


もうね。大好き、こーゆー人。

その気になれば、
いくらでもコネクション使って、それなりの地位とか名誉とか
得られてもおかしくない位の実績を持っているにも関わらず、
自分に嘘をついてまで金に困らない生活を手に入れたくない、
そんな生き方している人、大好きです私。

つうか私が現在、会社を辞めて一人で仕事をしているのも、
天野さんのこの時の言葉に少なからず影響を受けているのは間違いない。

そして今思えば、きっとこの瞬間から私にとっての天野さんは、
大切な「師匠」という存在になったのかもしれない。


「まぁでもさー、やっぱり一人だとさー、
掃除とか買物とかも全部自分でやらなきゃいけないし、色々と大変なんだよねー」

「はぁ……」

「だから、一人くらい『美人秘書』雇ってもいいかなぁー、
なんて考えてなくもないんだなー。
わはははは」


……。

えー、一生ついていきます、師匠……。





【第四話】 「閉ざされる本心」  (2007.2.14up)

それからというもの月に2〜3度、
私は天野さんの事務所やNHKのスタジオに顔を出すようになった。

そのうち一回は、その月リリース予定の
CDサンプルを持参するプロモーションのお仕事としてであるが、
それ以外はもう、ほとんどただ遊びに行っているだけなのであった。

大概はその日の他の業務が終了した夕方辺りに顔を出すことになっており、
そのまま二人でふらりと呑みに行く。


ある時、天野さんの案内で、三軒茶屋の駅近くにある、
小さな路地の先のちょっと洒落た和風居酒屋に入った。

「ここはねぇ、旨い日本酒が揃っててねぇ、
しかも魚料理が美味しいんだよぅー」

「おおっ、それは楽しみですねぇ」

「それにさぁ、この内装も落ち着けていい感じだよねー」

「あー、確かに。
畏れ多くて、オレ絶対に一人じゃ入れないっすね」


カウンター席が幾つかあり、
その後ろには掘り炬燵のテーブルがこれまた幾つか。

店内の照明は幾分暗めに設定されてはいたが、
決して若者が好みそうな妖しい空気はなく、
オトナな人たちが落ち着いて談笑できるようなクールな雰囲気だ。


「ううむ……」

あまりの雰囲気に圧倒されて、思わず唸る私。

「ん? 座礁くんどうしたの?」

「いや、ほらオレ、普段は汚ねー居酒屋とかしかいかないもんだから、
こーゆーオトナな雰囲気のトコロ来ると、
いきなり呑まれちゃって緊張してしまうのでありますよ」

「わはははは」

「さすがは天野さんですよねぇ。
やっぱり呑みに行くのもこーゆートコロが多いんですか?」

「わはははは。
いや、ここ来たのオレも実は初めてなの

「へっ? だってさっき日本酒が旨いとか魚が美味しいとか……」

「うん。知り合いからそう薦められてさぁ、
一度来てみようかなーって思いながら、
これまでなかなか一人じゃ入る勇気がなくってねー

「……」

「それで今日、丁度座礁くんも来たことだし、
ちょっと頑張って入ってみた」

「……」

「だからねぇ、オレもちょっと緊張してる……


なんでやねん。(泣)


そうこうしながらテキトーに幾つかの料理を注文し、
酒を酌み交わす私たち。

他愛のない世間話などをしていたら、
突然、天野さんが声を潜めるようにして私に顔を寄せてきた。


「ど、どうしたんすか天野さん?」

「ほらほら、あっちのカウンター席の人見てごらん」

「へっ?」

カウンター席に目を移すと、
一人の男性が酒を口に運んでいる後姿が目に入った。


「ほら座礁くん、あの人、高橋英樹だよ」

「おおっ、桜吹雪の人だぁ」

すごいなー、芸能人だよー

いや、
あなたがその驚き方するのはオカシイと思うぞ、天野さん。


「何云ってんすか。
芸能人って、天野さんだってそうじゃないっすか」

「えっ? オレ?
ぜーんぜんっ! オレは芸能人なんかじゃないもん」

「いや、あれだけのヒット飛ばした人が何云ってんですかっ!」

「いや、オレなんかさー、ちょっと出てすぐ引っ込んじゃったしさー、
エキストラみたいなもんだもん

「エキストラが累計で何百万枚ものCD売りませんっ!」


全く、謙虚なんだかボケをかましているんだか。


「大体さー、今どきNSPとか云ったって誰も知らないしさー、
ましてやオレ個人なんか誰も知らないよー」

「いや、現に天野さんの目の前に、
知ってて驚いた人間がいるじゃないっすか」

「いや、だって座礁くんは、フォークオタクじゃん

フォークオタクって……。


「ともかくっ! 天野さんは有名人の一人なんだから、
もっとそーゆー自覚を持って頂かないといかんのですっ!」

「いや、もうオレは過去の人だしさー」

「いーえっ! そんな言い訳、世間が許したってオレは許しませんっ!」

「いや世間が許したら、それはそれでいいんじゃない?」

「あれ? とにかくいかんもんはいかんのですっ!」

何がいかんのか良く判らないのであるが、
まぁ酒の勢いもあって、そんなようなことを話したのである。


「まっ冗談はともかく、
天野さんは本当にNSP再活動とかソロ活動とか考えてないんですか?」

「うーん……。とりあえずは考えてないなー。
どれだけの人たちが聴いてくれるかって思うとさー、
今の若い人たちには厳しいだろうし、
昔のファンの人たちも、もう結構良い年だしねぇ、
今更やっても戻って来てくれるかどうか判らないしなー」

「判らないからやる価値があるんじゃないっすかぁ」

「うーん……。
でもさぁ、ほらオレ今、一応プロダクションの社長じゃん?
あまり社長が前面に立ってもねぇ」

「そんなこと云ったら、
城南電機の宮路社長はどーなるんですかっ」

「わはははは。
いやなんかさー、オレ最近、裏方してるのが面白くってさー」


そんなことを呟く天野さんなのであったが、
そう話す彼の表情の中には、どこか寂しさのようなものが感じられた。

『いや、きっとこの人、本当はまだ演りたい筈だ』
直感的に、その時そう感じた私であった。

ただ、そんな思いを閉じ込めようとしているその心の中に、
「自分たちはもはや時代に必要とされていないのではないか」
といった不安が存在しているように感じられたのだ。

つまりは、「今更自分たちが演ったところで、
話題にもならなければ売れもしないだろう」といった諦め。


果たして私のその感覚が正しかったのかどうか、
その時点では知る由もなかったし、
またそれ以上踏み込んで訊いてしまってはいけないような気がして、
その日のその話はそこまでとして、その後はまたバカ話に花を咲かせた。


但しその日以降、
私は周囲の友人に「NSPファン」の人間を見つけると、
その度に天野さんとの呑み会に敢えて同行させ、
NSPを聴いていた頃について熱く語らせるように仕向けたものである。

私自身、もう一度ステージに立つ天野さんの姿を見たい気持ちもあったし、
そんな天野さんの本当の気持ちを甦らせたいという、
ちょっとしたおせっかいな思いもあったのである。

まっ、一番は、
「お前の好きなNSPの天野さんって、本当にこんなに気さくで良い人なんだぞー」
って友人たちに教えたかったってのがあったんだけどね。


(第五話につづく









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