考えてみれば時効というのは奇妙な制度だ。例えば金を借りても一定の条件で時間が経過すれば返さないのが認められる。人を殺していても逃げおおせれば逮捕されることはない。
政治学者の丸山真男さんは学生時代に受けた講義で、民法の時効の根拠について、教授から「権利の上に長く眠っている者は民法の保護に値しない」と説明され、なるほどと思ったという。
ただし最近の民法学説では、永続した事実状態を尊重し、時間経過によって領収書提示など立証の困難さも救済するなど、多元的に考えるようになっている。
一方、刑法上の時効の根拠は、長い時の経過によって証拠が散逸し関係者の記憶も薄れ、犯罪の証明をするのが困難になること、さらに被害者の処罰感情も薄らぐと説明されてきた。
ところが、DNA鑑定など科学的捜査が進展し、証拠の長期保存も可能となり、裁判での立証が容易となった。このため法務省は公訴時効制度について、殺人などの重大事件では期間延長や制度廃止を検討し、三月までに報告書をまとめる。
残虐な事件では遺族らの処罰感情が強く、時効の撤廃を求める声が高まっていることも理由だ。犯人の「逃げ得」となっては法治国家の基盤が揺らぐ。大きな変更だけに感情に流されず冷静に議論を深めたい。