過熱する東京のマスコミ偏向報道(7)


 関西で好評連載の「寺谷一紀が東京を蹴ったワケ」(産經新聞夕刊(関西版) 毎週木曜日に掲載)、「サンケイエクスプレス」に転載、首都圏

などにも配信されている記事から一部抜粋して、下記に掲載する。


「NHKさんだけ、一人も来てくれはりませんでした…」

 テノール歌手のKさんが、渋い表情でつぶやきました。NHKをやめて間もないころのことです。

 Kさんは、その美声とユニークなキャラクターで、いまや全国的に大活躍ですが、当時は事務所を開設したばかりで、お披露目となる記念

パーティーを、大阪市内のホテルで大々的に開いたのです。芸能関係はもちろん、マスコミの人間も、放送や新聞・雑誌など、大勢詰めか

けていました。

 私も、NHK時代に番組ゲストとしてお招きしたご縁もあって、招待状をいただき出席していたのですが、確かに会場のどこにも、NHK

関係者はいません。何だか肩身の狭い思いでした。

 番組のプロデューサーなどにも声はかかったはずですが、なぜかこうした「NHKだけ来ない」という現象は、他のパーティーでもよく目に

します。

 理由は明白。転勤族で、いわば大阪勤務が「腰かけ」にすぎないNHK職員にとって、東京以外の地域で、人間関係を深めるため

の努力をしても「意味がない」からです。つまり、東京でも役に立つ付き合いしかしないのです。

 これでは、地域に密着した情報の発信など、とてもできるはずがありません。私は、NHK在職中から痛感していました。だからというわけ

ではありませんが、私のモットーは、NHKの中でなく、外にネットワークを広げるというもので、積極的に取材でお世話になった方などと交流

して、人脈を作ってきたのです。

 その集大成ともいうべき新番組が、いよいよスタートします。

 「寺谷一紀の彩友記(さいゆうき)」と題して、私の交友関係をフルに活用し、在野で活躍されている旬の人の魅力にせまります。スカパー

やケーブルテレビで放送されますから、まさに関西からの全国発信というわけです。


「おーい、新聞持ってこい!」

 ニュースデスクのヒステリックな声が響きます。アルバイトたちが、あわてて飛んでいきます。

 「良かった。とくにウチが取材してない事件はなさそうだ」

 新聞に目を通していたデスクが安堵(あんど)のため息をもらし、宿直勤務の記者たちもホッとします。

 休日の朝。NHK大阪放送局のニュースセンターで、こんな光景を何度となく見てきました。私がアナウンサーとして、土日祝日のニュース

を読んでいたころのことです。いまでも、担当者の顔ぶれは変わっても、同じようなやりとりが繰りひろげられていることでしょう。

 よくNHKの報道は早くて正確だといわれます。たしかに、東京本部に限ってみれば、それは事実です。とにかく、人も機材も群を抜いて

豊富なのです。

 しかし、大阪も含めて、地域の放送局は違います。東京本部とはくらべものにならないほど少ない要員で、まさにギリギリでやっ

ているというのが実情です。

 いわゆる「ブロック本社制」をとっている新聞各社は、大阪本社というくらいですから、記者などのマンパワーも豊富です。NHKが

不利なのは否めません。

 まして、転勤族が大半で、地元の人脈やネットワークというものが希薄なので、事件にかぎらず、あらゆる取材で「先をこされる」リスクは

大きいのです。

 とくに要注意なのが、人が手薄になる休日です。単身赴任者などはもちろんですが、これから年末年始にかけては、ほとんどの職員が

帰省したりしますから、留守を守る者はたいへんです。

 私は、NHKのなかでは貴重な地元出身者のひとりでしたから、こういうときには重宝されます。平日にレギュラー番組をたくさんかかえて

いても、休日のニュースにかり出されることが多く、自分でも半ばあきらめていました。

 いま、NHKは変わろうとしています。トップの交代も結構ですが、これを機に採用制度を抜本的に見直して、地元の人材をもっと増やし、

「地域に手厚い放送局」として、視聴者の信頼を獲得してはどうでしょうか。


「関西のことは、関西の目線で発信しないとだめなんです」

 先日、関西テレビのスタジオにコメンテーターとして招かれて、メディアのあり方について、持論を存分に語ってきました。番組は「別冊カン

テレ批評」。今年の秋から月に1回放送されています。民放なのに、30分の間、CMがまったく入らないという、まさに異色の内容です。

 毎回テーマを決めて、テレビのあるべき姿を考えていこうというもので、「あるある大事典II」の捏造(ねつぞう)問題をきっかけに、自浄

作用のひとつとしてスタートした番組とのこと。スポンサーの意向や、視聴率にも左右されない、地道な取り組みです。

 しかし、内容は充実していて、感心させられるところもたくさんありました。何よりも、スタッフが全員地元関西の人間で、関西の視点で

テレビを良くしていこうという熱意が、ひしひしと伝わってくるのです。

 このあたり、官僚的なNHKとは対照的です。やはりNHKも、一連の不祥事を受けて改革に取り組んではいますが、組織が大きいことと、

東京を頂点とする完全なピラミッド構造が障害となって、思うように変われないというのが実情のようです。

 現場や地域の声を反映させた、視聴者本位の番組作りをめざしていても、結局は東京本部の意向が色濃く反映されてしまうわけですか

ら、限界があります。

 その点、在阪民放は有利です。先の番組でも、プロデューサーやディレクターなど制作スタッフは地元のことを良く知っていて、のびのび

仕事をしています。

 今回は、若手のアナウンサーも何人か出演していますが、みんな真面目で、自分の意見をしっかり持っています。個性もあります。どうし

ても転勤や出世競争に翻弄(ほんろう)されてしまうNHK職員よりも、はるかに自由な空気を持っていると感じました。

 関西のメディアが元気になってもらわなければ、東京一極集中は決して改まりません。


「渋滞には慣れてますから…」

 先日、仕事で東京に行ったときのことです。タクシーで首都高速を利用していたのですが、運転手さんが、なかばあきらめたように言い

ました。午後も早い時間帯だというのに、気の遠くなるようなノロノロ運転です。

 「首都高速は、合流しても車線が増えないから、こむのは仕方がないんですよ」

 運転手さんが、平然としてそんなことを言うのには驚きました。原因がわかっているのに、さして腹を立てるようすもなく、完全にあきらめ

ているのです。

 私は、同じような光景をかつて目にしたことを思いだしました。NHKの東京報道局にいたとき、先輩と、ある私鉄に乗って取材先に移動し

ていたのです。

 昼間というのに、車内はまるでラッシュ時のような混雑ぶり。私がすっかり驚いていると、先輩が小声で教えてくれました。

 「この線はね、いつもこんな風に満員なんだよ。沿線に大学とかも多いし、仕方がないよね」

 文句を言ってもはじまらない。どうしようもないから、この状況を素直に受け入れるしかない、というような心境です。

 大阪人の私には、とても納得がいきません。人一倍「いらち」な私にとって、渋滞と人ごみと行列は何よりも嫌いなもの。その原因がわかっ

ていて、少しでも対策が取れるなら、何とかしてほしいと声を上げたくなります。

 しかし、東京の人はがまんして耐えてしまう。なぜでしょう。

 その日の帰り道、私はまたまた行列に遭遇しました。駅のみどりの窓口で、キップを買うために、みんな黙々と並んでいます。東京も品川

も新橋も池袋も、どこでも同じような光景が見られます。

 新幹線などの座席指定券を売る自動券売機をもっと増やせばいいのに、新大阪などとくらべても、明らかに数が足りません。利用者に

対して不親切です。

 それでも文句を言わず、長蛇の列に身をまかせている人々。そこには、権威や権力に抵抗する力を失った、悲しくも恐ろしい

東京人の「群像」があるように思われてなりません。


「おばちゃん、なんぼ?」

 「はいはい、600万円!!」

 私が、NHK大阪放送局にいたときのことです。近くにあったK食堂のおばちゃんたちは、いつもこんな感じで、ベタなジョークをとばしてく

れました。

 私も千円札を出しながら、間髪入れずにお返しします。

 「やすー、ほな1000万円」

 つかのまの昼休み、まさにホッとするひとときでもあります。

 ところが、東京から転勤で異動してきたばかりの、首都圏出身者たちには、これが通じません。

 ある先輩など、おばちゃんに、「定食な、ほな600万円!!」

 そう言われたとたん、目を白黒させて絶句してしまいました。

 場が凍りつく、ということばがありますが、まさにそんな感じになったわけです。

 私は思わず吹き出しながら見ていましたが、先輩は職場に戻ってからも釈然としないようす。

 「大阪のシャレは難しい…」

 そんなことをブツブツ言って、眉間(みけん)にしわをよせています。

 どうも、東京の人というのは、ジョークが苦手というか、シャレが通じない傾向があります

 もちろん、親しい関係になれば別ですが、見ず知らずの人から、いきなりネタをふられても、それを理解できないのです。

 普段からタテマエで生きているので、つねに身構え、体裁などを気にしているのでしょう。カッコつけず、ホンネで生きている大阪

人とは、まさに対照的です。

 良心的に解釈すれば、東京の人の方が真面目ということにもなりますが、私に言わせれば、そんな生き方は面白くありません。

 世界に目を転じれば、とりわけ欧米人など、ジョークやユーモアをとても大切にしています。

 一期一会の関係でも、まったく初めての相手でも、意思疎通には「笑い」の要素が欠かせないことを、良く知っているからです。

 こうした「頭のやわらかさ」というものは、発明や発見などにも生かされますし、大いに身につけるべきだと思います。

 言いかえれば、東京より大阪の方が、発想の柔軟さという点で、はるかに進んでいるのです。


「すみません、売り切れです」

 先日、仕事で東京に行ったときのことです。大阪は晴れていたというのに、東京に着いたら大雨。あわてて、安いカサを買おうと、駅の

売店やコンビニを数軒回ったのですが見つかりません。

 「急な雨になると、いつもこうなんですよ…」

 ある店員さんは、苦笑しながら教えてくれました。

 「どこかほかに売っていそうなところはないですか?」

 私の問いかけにも、有益な情報を与えてくれた人は、残念ながら一人もいませんでした。

 「ちょっと、わかりません…」

 そう答えた若い店員さんのいる駅の売店のすぐそばに、いわゆるショッピングモールのようなものがあって、紳士雑貨のコーナーに安い

カサをみつけたときは、ホッとしたと同時に、「やれやれ」という感じでした。

 たったカサ1本のことですが、貴重な時間を30分近くもムダにしてしまいました。

 ここから得られた教訓は2つ。首都圏は人口が多すぎてサービスが悪いということと、地元の人間が少ないために、不自由するこ

とが多いということです。

 都市機能としての鉄道や道路の輸送力はもちろん、飲食店の数も人口に追いついていないわけですから、ストックの少ない商品

などが瞬時に売りきれてしまうのは、あたりまえというか、仕方がないのかもしれません。

 そして、さまざまな地域から首都圏に出てきた人が多いために、若いアルバイトの店員さんなど、地元のことを知らないで仕事している

ケースが多く、どうしても不案内になってしまうのです。

 すぐ目の前にカサを売っている店舗があるというのに、それすら知らない人々が、「東京は便利で何でもそろっている」と信じつつ生活し

ているとすれば、そこにはとんでもない「勘違い」があると言わざるをえません。

 人口ひとりあたりのサービスという視点で、私たちはもっと公平に日本を見ていく必要があるのではないでしょうか。1本のカサが、

それを教えてくれた気がします。