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社説:被害者参加裁判 慎重な対応で公正さ守れ

 犯罪の被害者や遺族が刑事裁判に参加して、被告に質問したり、量刑について意見を述べることができる「被害者参加制度」が本格的にスタートした。東京地裁では23日、2件の公判で導入され、遺族らが検察官の横に着席、刑事裁判が様変わりしたことを強く印象付けた。

 被害者らは従来の刑事裁判では傍聴人にすぎず、10年前に検察庁が被害者側に起訴・不起訴の処分結果や公判期日を通知するようになるまでは、被告が裁判にかけられたかどうかさえ知らされずにいた。00年に心情を陳述する機会を設けるなど被害者対策が進む中で、裁判に当事者として参加したいという被害者団体の要望で、被害者らによる情状証人への反対尋問や被告人質問なども裁判所が認めた場合は可能になった。

 刑罰の本質は報復を抜きに考えられないのに、肝心の被害者らの立場や被害感情などが軽視されてきた経緯を振り返れば、新制度は被害者や遺族の人権上、画期的な変革となる。被告側にとっても、被害者らの声を直接聞くことで被害の実相を知り、犯行と向き合ったり、自省する機会となるはずだ。

 しかし、かねて指摘してきたように、懸念材料は多い。何よりも法廷が愁嘆場と化したり、報復感情に支配されかねない。東京地裁の公判に臨んだ遺族は閉廷後、感情の高ぶりを必死に抑えた、と語ったが、被告と対峙(たいじ)しながら平静でいることは容易ではない。それでなくても、関係者がののしり合ったり、つかみかかろうとするような光景は、裁判所では珍しくない。

 制度の対象となる事件は年間1万件にも及び、裁判員裁判の対象と重なるものが少なくないことも気がかりだ。被害者らの感情的な意見が、裁判員の判断に影響を与える可能性も指摘されている。有罪が確定するまで被告には無罪の推定が及ぶことを忘れず、制度が量刑を不当に重くする方向で作用しないように注意、点検を怠ってはなるまい。

 被害者らからは、言いたいことが発言できるだけでも慰めになる、といった声が聞かれるが、逆に被告や証人の心ない言葉で被害者側が傷つけられる恐れもある。被害者らにも、この点を理由の一つに掲げて導入に反対する意見が根強いことも忘れてはならない。

 制度を定着させるには、まず、裁判官による適正な訴訟指揮が求められる。検察官は事前に被害者らと十分なコミュニケーションをとって、逸脱しないように心がけねばならない。参加を希望しない被害者らへの配慮も欠かせない。被告にとっては被害者側とも対決する構造となり、負担が増大することを踏まえ、弁護人は従来にも増す努力と慎重さが必要だ。関係者は、間違っても新制度下で冤罪(えんざい)を見逃す事態を招かぬように心がけねばならない。

毎日新聞 2009年1月25日 東京朝刊

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