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昔駅弁、今コンビニ――。そう皮肉られるほどに、日本の大学は数多い。
4年制大学は国公私立合わせて700を超える。少子時代を迎え、2人に1人という大学志願者が、全体の募集定員におさまる全入時代が迫る。その中で今年も入試の季節が始まった。
大学が「広き門」となることで浮かび上がってきたのが「分数のできない大学生」と言われる学力低下の問題である。文部科学省の06年度の調査では、中学、高校の補習を実施している大学が全体の3割に及ぶ。10年前のざっと4倍にのぼるという。
いくら大学が増えても、受験生は一握りの有名校に集中しがちだ。その一方で、私立大の半数が定員割れという現状では、学生を絶対評価ではじくだけの余裕がないところが少なくない。
多様な選抜の名の下に、学力検査が原則免除される推薦やAO入試の広がりも、結果的に基礎的な学力が足りない学生が増えた理由だろう。学生の質の低下は見過ごせないとして、文科省は卒業認定を厳しくさせることなどを検討している。
本来は大学が自主的に質の向上を図ることが望ましい形であり、それができなければ、学生が集まらず淘汰(とうた)される場合もありうるだろう。規制緩和で大学の乱立を招いた文科省の責任も忘れるわけにはいかない。
さらに国際的な視野で考えて、気になるのが学力の質の問題である。
経済協力開発機構(OECD)が、新たに大学生対象の国際学力調査も始めるという。
OECD調査といえば、日本の小中学生の学力低下が指摘されるきっかけになったものだ。特に、知識はあるが応用力に乏しいという問題点が浮き彫りになった。早くも、大学関係者らから悲観的な声がもれている。
もちろん大学のカリキュラムには工夫が必要だ。だが学力の質を変えるには、まず大学の入試問題を、暗記型から思考力を試すものに変えることが先決ではないだろうか。
日本の入試問題は、センター試験のマークシートのような選択式問題が主流だ。ノーベル賞を受賞した益川敏英氏が、大学での経験を踏まえて「(マークシートのような試験は)考える人を育てない」と、その弊害を指摘しているのはその通りだろう。
日本の子どもたちについて、OECDがこんな警告を発したことを思い起こしたい。「知識を再現する学習ばかり続けていると、労働市場に出た時に必要とされる力が身につかない」
いくら考える力が大切だと強調しても、丸暗記で一流大学に入れるなら、高校までの教育が変わることはなかなか難しいだろう。
生きるための知力をどう育てるのか。大学が知恵を絞る時である。
政府はすべての都道府県に死因を究明する医療センターを設立するべきだ。日本法医学会が、そんな提言書をまとめた。
事件性がないとされた場合でも、死因不明の急死や事故などの異状死の遺体を調べ、解剖もする。感染症や食中毒の警戒、製品による事故などの対策に役立てるのが目的だが、結果的に犯罪の見逃しを防ぐこともできる。
遺体の解剖には、事件捜査のための司法解剖と、それ以外の行政解剖などがある。日本では年間の死者120万人のうち、解剖しているのは全部で1万5千人、1.3%だけだ。欧米の10〜30%に比べ、きわめて少ない。
しかも現実には多くの地域で、行政解剖はほとんど行われていない。東北6県では合わせて年間50人以下だ。警察任せの現状は犯罪かどうかの判断ばかりが優先されがちで、ときに犯罪そのものさえ見過ごされる恐れがある。
例えば相撲部屋のリンチ死事件だ。愛知県警が病死と間違えた。遺族が別の県警に相談して解剖しなければ、あやうく遺体は火葬されるところだった。ガス器具の不具合による中毒死事故も、多くは簡単な調べで心不全などとして片づけられていた。
判断ミスの責任は警察にあるが、事件性がないとされても死因を究明する専門的な仕組みがあれば、結果は違ったかもしれない。内臓出血は表面の観察だけでは分からない。薬毒物死は胃の内容や血液を分析しなければ見過ごされることがあるのだ。
モデルになる組織は東京にある。都立の監察医務院だ。年間1万体の遺体を調べ、2500体の行政解剖を行っている。都内の司法解剖200体よりはるかに多い。監察医の調べで、他殺と分かった例はいくつもある。エコノミークラス症候群の研究や乳児のうつぶせ寝が危険だという指摘などでも実績をあげている。
だが監察医制度は東京23区のほか大阪、神戸、横浜、名古屋各市にしかない。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の命令で始まり、都道府県の予算での運営が基本だ。京都、福岡両市は廃止してしまった。制度が残っていても横浜は遺族に解剖経費を負担させている。名古屋は年間数件だけだ。
相撲部屋の事件後、さすがに警察庁、厚生労働省、文部科学省などによる検討会が始まった。民主党も法医科学研究所の設置や、警察に死因調査専門職員をおく法案を提案している。
日本法医学会のセンター構想には240億円の経費がかかる。解剖にあたる研究者の養成も必要で、直ちに全国での発足は難しいかもしれない。まず既存の大学の研究者や設備を活用し、政府の手で充実を図ったらどうか。
死者の尊厳のためであり、生命の尊重のためでもある。