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オバマ新米国大統領の「Japan flattering(日本おだて)」 中国の不安と期待(関山健 研究員)

更新日:2009/01/22

「アメリカは平和と尊厳を求めるすべての国、男性、女性、子どもの友人である」。1月20日、バラク・オバマ氏は就任演説でこう述べて、第44代アメリカ大統領となった。

これに先立つ1月8日、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が駐日大使に指名されるという報道が日本でなされた(読売新聞2009年1月8日夕刊)。

ナイ教授といえば、価値観や文化なども国力の源泉とみなす「ソフトパワー」という概念を打ち立て、クリントン政権では国防次官補も務めたことで知られる日本でも有名な国際政治学者だ。

国防次官補時代の96年には日米安保のいわゆる「再定義」を担当し、ブッシュ政権でもアーミテージ元国務副長官とともに対日政策の戦略文書「アーミテージ・ナイ・リポート」をまとめるなど、これまでも日米関係に深くかかわってきた。

ナイ教授が報道どおりに駐日大使となるかどうかを現時点で予断するのは、「premature(時期尚早)」(日本の防衛当局者)と思われる。ただ、ナイ教授の起用が決まった場合、従来の駐日大使が大口献金者などに対する功労賞的ポストであったことからすれば、大物実力者の駐日大使誕生となる。

また、1月13日には、新国務長官に指名されたヒラリー・クリントン氏が、上院外交委員会の指名承認公聴会で、日米同盟について「アジア・太平洋地域の平和と繁栄維持のため不可欠で、米国の対アジア政策の礎」と発言した(読売新聞2009年1月14日)。

一方、中国に関して、ヒラリー・クリントン氏は、大統領選挙中に中国の貿易政策を厳しく批判しており、この日の公聴会でも、米中関係の今後については「中国が内外でどんな選択を行うか次第」と慎重な姿勢を示した(同上)。

こうした一見日本重視ともとれるオバマ新政権の姿勢について、中国の人々はどう見ているのであろうか。

「アメリカ経済が未曾有の危機にあるなか、オバマ新大統領率いる民主党政権が保護主義的な貿易政策を採り、その矛先が最大の貿易赤字相手である中国に向くのではないかと心配している」

中国・吉林大学で北東アジア情勢を研究する知己の教授は率直な不安を筆者に語った。

振り返れば、単独主義的な外交政策で世界中の不評を買ったジョージ・W・ブッシュ大統領であったが、中国人にとっては「朋友」であった。

米国ロサンゼルスタイムズは、「多くの中国人はブッシュ政権の自由貿易政策を称賛しており、この政策は中国経済が過去8年間に繁栄を遂げる手助けとなった。ブッシュ政権が台湾の陳水扁前「総統」に対して加えた圧力も称賛している。また、ブッシュ大統領が北京オリンピックに出席したことはさらに多くの中国人を感動させた」と、ホワイトハウスを去りゆく前大統領への中国人の評価を報じている(ロサンゼルスタイムズ2009年1月15日)。

過去8年間ジョージ・W・ブッシュ大統領の下で米中関係が大きく発展しただけに、その揺り戻しがあるのではないかという不安が少なからぬ中国人のなかにあるようだ。

実際、オバマ新大統領は、不公正な取引慣行を取る国に対して是正の働きかけを強め、通商代表部を強化する方針を大統領選の公約にしていた。

選挙期間中に全米繊維団体協議会から受けた質問に対しても、「中国は、輸出よりも内需依存の経済成長に向けて、為替を含め政策を変更しなければならない。だからこそ私は、中国に変化を促すため、あらゆる外交手段を行使する」と書簡で回答している(ロイター2008年10月29日)。

そこに加えて、中国に対して厳しい批判を繰り返してきたヒラリー・クリントン氏が国務長官となり、日米安保の役割を「アジア・大平洋地域の安定維持」と再定義したジョセフ・ナイ教授が駐日大使に就いて中国に睨みを利かせることとなれば、「中国人として心地よいことではない」(前出の吉林大学教授)だろう。

しかし、筆者は、オバマ新大統領が見せる一連の日本寄りの姿勢に別の含意を感じている。

そもそも、オバマ新大統領にとって当面最大の課題は、国内的には未曾有の経済危機への対処であり、外交的にはイラク・アフガン問題の適切な処理である。

その両者いずれの成功にとっても中国との関係強化は欠かせない

経済面で言えば、日米欧が今年軒並みマイナス成長すら懸念されるなか、中国だけは過去数年と比べて減速するとはいえ高成長を実現すると予想され、その巨大市場を如何に取り込むかがアメリカ経済にとっても重要である。また、中国から輸入する廉価な衣類や日常品も、不景気の時だからこそありがたみが増す。

現在の米中経済関係は、90年代のクリントン政権に激しいバッシングを受けた頃の日米経済関係とは構造が違うのである。

外交面で言えば、多国間主義に基づき国連や関係国と足並みそろえてイラク・アフガン問題はじめ国際社会の問題を切り抜けたいオバマ新大統領にとって、安保理常任理事国たる中国の協力は不可欠である。

オバマ新大統領が積極的な取り組み姿勢を見せている気候変動問題についても、アメリカとともに世界最大の温室効果ガス排出国たる中国の協力なくしては何も成し遂げられない。

しかし、ここでアメリカが軽々に中国との関係強化を推し進めれば、90年代にクリントン政権が見せた「Japan passing(日本はずし)」の再来を危惧する日本が過敏な反応をしかねない。

多国間主義を掲げるオバマ新大統領にとっては、中国とともに日本からの協力ももちろん必要である。拙速な対中関係強化を打ち出して日本の機嫌を損ね、織り込み済みの日本からの協力を得にくくすることは避けたいところだろう。

オバマ政権による「Japan passing(日本はずし)」を危惧する論調は日本国内に溢れており、こうした日本の状況はオバマ新大統領の対アジア政策スタッフにも届いているに違いない。賢明な彼らが、戦略的に日本への配慮を考えても何ら不思議はない。

したがって、オバマ新政権は、まず日本重視の姿勢を鮮明にし、日本を安心させることで、次の一手の対中関係強化の環境を整えようとしているのではないか。

ジョセフ・ナイ教授という有名人の駐日大使指名やヒラリー・クリントン氏のリップ・サービスも、こうした「Japan flattering(日本おだて)」の一環ではないかと筆者は見ている。

この点、中国にも冷静に見ている人間はいるようである。

中国共産党の情報筋は、「個人的見解ながら」と断りながら分析する。

「いまや中国の経済力と政治的影響力は日増しに増大しており、アメリカも中国を重視し関係を強化せざるをえまい。一方、日米同盟はアメリカのアジア戦略の要であり、オバマ新大統領もその重要性は十分認識していよう。畢竟、オバマ新政権のアジア政策は対中関係と対日関係のバランスを考慮したものとなる。」

こうした見方は、中国政府の公式見解にも見て取れる。

中国外交部の姜瑜報道官は1月15日の定例会見で、「中米両国は、人類の平和と発展という崇高な事業に対して共同責任を担っている。中国は、新たな時期における中米の建設的協力関係の長期的で健全な安定した発展を促進することを望んでいる。」と述べ、オバマ新政権下での米中関係のさらなる発展に期待を表している(人民網日本語版2009年1月16日)。

翻って、日本ではどうか。麻生太郎首相は1月21日、オバマ米新大統領の就任を受けて「手を携えて日米同盟を一層強化し、アジア太平洋地域と世界の平和と繁栄に向けて力を尽くしていきたい」との談話を発表したが、巷にはオバマ新政権が見せる対日・対中政策の一挙手一投足に一喜一憂する論調が多すぎはしないだろうか。

こうした日本の世論を皮肉って、前出の中国共産党情報筋は「アメリカの態度をいちいち心配する態度は、およそ独立国の態度ではなかろう。日本は中米関係に『やきもちをやく』必要は全くない」と持論をぶった。

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