イージス艦「あたご」側に衝突事故の主因があるとする海難審判の裁決は、海上自衛隊自体に安全航行の徹底を求めている。人と組織の在り方を見直さないと、相次ぐ事故や不祥事は根絶できまい。
昨年二月の漁船「清徳丸」との衝突事故をめぐる海難審判で、横浜地方海難審判所は「(あたご側が)連絡・報告態勢や、見張り態勢を十分に構築していなかったことが主因」と明確に述べた。
所属部隊である第三護衛隊に対しては、安全航行を徹底するように勧告も出した。一九八八年の「なだしお」事故の教訓を生かせなかった海自に対して、異例の厳しい措置だ。問題は「あたご」にとどまらないだろう。
事故や不祥事が相次いでいるからだ。二〇〇六年の潜水艦「あさしお」衝突事故、〇七年のイージス艦情報流出事件や護衛艦「しらね」火災…。「あたご」の衝突事故以後も、格闘訓練で隊員が死亡したり、護衛艦の接触事故なども起きたりしている。
そのたびに「綱紀粛正」が唱えられ、再発防止策が講じられているが、“連鎖”を食い止めることができない。海自の体質自体に問題があるのではないか。
「あたご」は最新鋭艦であり、レーダーでとらえた船舶などが接近し、「危険目標」と予測されると、画面表示とともに警報音も出る機能を持っている。艦船の機能がいくら最新で優れていても、それを操作するのは人間である。お粗末な対応を続けていては、悲惨な事故は繰り返される。
根源的な問題は人と組織にたどりつくといえよう。監視や伝達、判断という個人レベルの問題もある。指揮や監督・管理、報告態勢という組織レベルの問題もあろう。見張りも「不徹底」で、レーダーの継続監視も「不十分」…。「不適切」だらけでは困る。
昨年末に海自は「抜本的改革」の報告書をまとめた。問題点として、任務の増大と多様化で「人員不足」を挙げた。まるで増員を求めているかのようだ。
むしろ現在の隊員の基礎的な教育や組織上の問題点を探り、意識を根本的に変えるのが第一義ではないか。
イージスの語源は、ギリシャ神話に登場する「盾」だという。ミサイル防衛という「盾」をめざしていても、漁船さえ避けきれない。「守り」の原点に立ち返り、初歩からの再出発を期さないと、国民は自分たちの「盾」だとは思ってくれないはずだ。
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