アメリカ・フロリダ大学藤田士朗准教授から、藤田保健衛生大学・堤寛(つつみ ゆたか)教授が、「現代医学」56(1)、2008.7(愛知県医師会雑誌:インフォメーション)に掲載された論文をご紹介いただきました。
修復腎移植に関して、詳細かつ非常に分かり易く要点をまとめられた素晴らしい論文です。
長文ですので、2回に分けて掲載させていただきます。
堤 寛(つつみ ゆたか)藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授
「藤田保健衛生大学医学部第一病理学教室」のホームページから
病腎移植(レストア腎移植):知られざる事実
-藤田保健衛生大学医学部第一病理学・堤寛教授-
http://info.fujita-hu.ac.jp/pathology1/index-2.html
「現代医学」56(1)、2008.7(愛知県医師会雑誌:インフォメーション)
http://www.meteo-intergate.com/journal/journal-archive_cm9genda.html
宇和島という田舎町で万波誠医師を中心とする“瀬戸内グループ”によって発明された「病腎(レストア腎)移植」。日本移植学会や厚生労働省は原則禁止を強く訴えるが、果たしてその動きが日本の移植医療の発展につながるのか、腎移植を心待ちにする透析患者のためになるのか。2006年末、宇和島徳洲会病院の万波「病腎」移植に対する専門委員会のメンバーに指名された筆者は、専門委員会の結論に大きな疑問を感じた。
診療録の通覧、病理標本のチェック、腎癌治療実態に関する調査、患者さんを含む関係各位との交流などが許された病理医として、自由な立場で第三者的に発言できる、いやしなくてはならない医療関係者として、そしてこの問題に深く関与した専門家として、最近の世界の動向をレビューしつつ、レストア腎推進の立場から私見を述べさせてもらいたい。
日本の腎移植の現状
わが国における腎移植は、年間1,000例ほどに過ぎず、他の先進諸国に比べて著しく少ない。約8割が家族からの“献腎”による生体腎移植で、死体腎移植や脳死腎移植は合わせて150~200例程度である。1) 世界的には死体腎・脳死腎移植が標準治療であり、日本の実情は明らかに異状である。フィリピンや中国で腎移植を受ける日本人が年間100人を超えているという。
一方、血液透析中の慢性腎不全患者は27万人に達し、高齢者の糖尿病性腎症を中心に毎年1万人単位でその数が増している。死体腎移植希望登録者は現在、11,500人あまり。死体腎移植までの待ち時間は平均17年という信じられない数字となっている(北欧は半年、米国は3~5年)。しかも、登録者は登録料30,000円のほか、毎年10,000円の登録料を支払い続けねばならない。慢性血液透析者の5年生存率は60%、10年生存率は40%。一方、腎移植者の10年生存率は80%に達する。1)
レストア腎移植の歴史
万波誠医師を中心とする“瀬戸内グループ”による「病腎移植」の記録上の第一例は1991年1月に呉共済病院で行われた。それ以来2006年9月までに計42例が実施されている。2-4) ドナー(計38人)の内訳は非腫瘍性腎疾患18(腎動脈瘤6,尿管狭窄4,尿管壊死1,骨盤腎1,慢性後腹膜炎1,腎膿瘍1、難治性ネフローゼ症候群4)、良性腫瘍4(血管筋脂肪腫2,海綿状血管腫1,石灰化腎嚢胞1)、悪性腫瘍16(腎細胞癌8,下部尿管癌8)である。ネフローゼ症候群4例からは両側の腎が摘出され、計8人のレシピエントに移植された。実はこれより前にも行われたようだが、診療録が保存されていないために詳細不明である。事実、1989年に万波医師の所属する宇和島市立病院から腎動静脈奇形を有する腎臓を用いた18例の移植が報告されている。5)
悪性腫瘍をもつドナー腎からの移植は、1993年4月に市立宇和島病院ではじめて行われた。右の下部尿管癌を持つ患者から摘出された腎臓が、病変部尿管を切離後に移植に用いられた。このレストア腎を移植された患者は、癌の再発なく、4年2ヶ月生着中に脳梗塞で死亡した。腎細胞癌を切除した腎臓を移植に使用した例は、やはり市立宇和島病院で1996年7月に行われた。直径1.4cmの病巣が切除され、残りの腎臓が移植に使用された。この例では急性拒絶反応のため、2週間後に移植腎は摘出されたが、患者は血液透析により11年後の現在も生存中である。4)
オーストラリア、ブリスベン大学のNicol教授によって行われた小さな腎細胞癌を有する腎臓を利用した移植の第一例も1996年だった。6)
1993年から2006年までの足かけ14年間に行われた瀬戸内グループによる合計16件の担癌腎を利用したレストア腎移植は、たいへん残念なことに、学会誌等への報告がなされなかったため、社会的に客観的評価を受けるチャンスを逸した。この問題が表面化したのちの2007年になってようやく、Mitsuhataらの短報(小径腎細胞癌と下部尿管癌の切除腎を用いた腎移植)7) に引き続いて、2008年にMannamiらのフルペーパーが発表されるに至った。8) もう少し早く論文発表されていれば、事態は全く違った展開となっただろう。
Nicol教授による移植例は、2004年5月に米国サンフランシスコで開催された第99回アメリカ泌尿器科学会において口頭発表され、その学会抄録は「第99回米泌尿器科学会ハイライト集」9) として邦訳されたが、広く注目されるに至らなかった。Nicolらによるレストア腎移植46例の論文は2008年の雑誌掲載が決定している。10)
2007年には、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校からも、小径腎細胞癌を部分切除した腎臓をドナー腎とした移植の成功例が症例報告されている。11)
2005年には、米国の過去の移植片腫瘍登録事例(シンシナチ大学)がレビューされ、小径腎細胞癌(腫瘍径:0.5~4 cm)を有するドナー腎からの移植が14例(11個の生体腎と 3個の死体腎)みいだされている(平均フォローアップ期間69ヶ月で、再発例なし)。12)
同じ論文で、著者らは2例のレストア腎移植を成功させていると述べている。このほかにも、結果的に担癌であった腎移植例(死体腎、生体腎)の報告は散発的に報告され、古くは1975年に英国と米国からの記載がある。検索できた範囲では、万波例、Nicol例(49例)を含めて、総計78例に達している。13) 良性腫瘍をもつ腎臓を利用したレストア腎移植は、瀬戸内グループの4例を含めて、21例が記載されている。注目すべきは、3例の血管筋脂肪腫例で、移植片に残存腫瘍の再増殖を認めないと記載されている。13)
非腫瘍性腎疾患を有する腎臓をドナーとする移植としては、日本国内だけで計95例の記載がある。13) うちわけは、腎動脈瘤32、動静脈奇形42、腎・尿管奇形・尿管狭窄11、腎血管の外傷5、腎動脈の線維筋性異形成5である。難治性ネフローゼ症候群の腎を移植に利用したのは瀬戸内グループの4例のみである。
このように、「病気のために摘出された腎臓を体外で修復して移植に用いる」という事例は、既に世界各地で散発的に実施されていたにもかかわらず、日本で「病腎移植」騒動が話題となるまで、国際的に認識されることがなかった。「摘出された病気の腎臓と移植に用いられた修復(レストア)された腎臓を区別する」考え方に乏しかったためである。14,15)
万波腎移植の特徴
瀬戸内グループが行った42例のレストア腎移植のうち、レシピエントの実に30例(71%)は2度目以降の腎移植例であるのはほとんど報道されない真実である。4,15) 4度目の移植例も複数含まれている。いいかえれば、一度は家族からの献腎移植を受け、移植片が慢性拒絶されたために血液透析に復帰していた患者が多いのだ。しかも、ドナーの年齢が高い(半数が70歳以上)。多くのレシピエントが、「病腎」でなければ二度と移植を受けられない立場にあった。
現在の日本の腎移植医療では、二度目の移植のチャンスはほとんどないといって過言でない。長期透析のため、職業につけず生活に困窮している患者が少なくない事実もまず報道されない(一般に、透析患者の生活保護率は6%と一般平均値の3倍高く、独居率も高い)。万波医師と患者が10年以上にわたる人間関係を築きあげている、そんな宇和島という地方都市で行われた地域医療の一こま。一緒に釣りに行く友人が病院では患者だった。“病腎”でもいいから、何としても移植を受けたい。どうしても血液透析を離脱して仕事をしたい。このような状況下での移植医療は、十分な説明による納得・同意がなければとうてい成立しえなかっただろう。16) そもそも、臓器移植が宇和島という片田舎で行われていること自体が例外的といえる。
通常、腎摘出の適応でない難治性ネフローゼ症候群例でも、同様の強固な医師患者関係があり、腎摘出を患者自身が強く希望したことを患者本人が証言している。17) 宇和島には腎臓内科専門医がいない。肺水腫を伴う高度の浮腫(体重が20 kg増加)を乗り切るには両側の腎摘しかなかったと万波氏はつぶやく。そして、深い信頼関係を背景として、この患者が宇和島の地を離れて松山の大学病院を受診することはまずなかっただろう。ネフローゼ症候群のこの症例は、その後、親から献腎移植を受けたが拒絶され、結局、レストア腎移植のレシピエントともなったことは驚くべき現実である。2005年、“ドミノ腎移植の経験”と題した本症例の地方会発表がなされている。18)
瀬戸内グループの腎移植に関する手腕は、700例を超える実績を踏まえて、だれもが納得する最高級のレベルにある。癒着が強くて困難をきわめる3回目、4回目の腎移植を「敢行」できるブラックジャック移植医は数少ない。
「病腎」とは?
臓器の病変は2つの類型に分けられる。病変が“局所的に”みられる場合と、臓器外にある病因の影響が臓器全体に“びまん性”に現れる場合である。
前者には良性腫瘍や小さな腎細胞癌をもつ腎臓が、後者には免疫異常による糸球体腎炎やネフローゼ症候群が属する。限局的で小さい病変をもつ臓器が全摘される場合、病変部を外科的に完全に切除(修復)すれば、残った臓器は「正常」に近いとみなせるだろう。個体の免疫系が腎臓を攻撃して不調和を生じる場合、ある患者“全体”にとって病気がもたらされる臓器でも、別の個体に移す(移植する)と不調和が解消する場合がある。この2点が「レストア臓器移植」の病理学的論拠である。4,14)
40歳以上の成人では、臓器は何らかの「病変」をもつのが普通(「正常」)であり、もし「病変のない臓器」に限って「健康な臓器」とよぶとするなら、中年以降にそのような状態の臓器を期待することはまずできないだろう。
近年、欧米ではドナー臓器の不足を解消する目的で、「extended criteria donor(拡張されたドナー基準)」が積極的に使用されつつある。3,19) 年間17,000の腎移植(多くが脳死移植)が行われ、平均待機時間が3~5年の米国でさえ、いかにドナーを増やすかが最重要の国家的課題なのである。高血圧者、糖尿病患者、60歳以上の高齢者からの腎臓もドナーに使われつつあるし、クレアチニンが1.5 mg/dlを超えるドナー腎の場合は両側同時移植が試みられている。B型肝炎ウイルスやHIVキャリアの腎臓も、同じウイルスのキャリアに対して使われようとしている。血液型不適合やクロスマッチ陽性で移植が難しいカップル同士でドナーをチェンジして移植を行う努力やドナーに対する旅費・滞在費の援助する試みもなされている。そうした中、小さな腎細胞癌を有する腎臓から局所的な病変部を取り除いた「レストア腎」の再利用が、新しいパラダイムとして世界の移植医から前向きに評価されていることは紛れもない事実である。3,12)
標準的な死体腎移植の場合を考えてみよう。ここでは、血圧低下の結果「ショック腎」(病理学的には急性尿細管壊死)となった“病的な”腎臓を移植に利用している。病気の腎臓が不適とするなら、死体腎移植そのものが成立しない可能性がある。
死体腎やネフローゼ腎は腎臓全体に“びまん性”に病変を有する「病腎」である。この場合、腎病変を誘発した全身的要因を取り除くのが移植の重要な目的となる。一方、腎腫瘍(良性腫瘍、腎細胞癌)や動脈瘤は腎臓の一部に“局所的な”病変を有する「病腎」といえる。局所的病変の場合は、この部分を外科的に完全に取り除いたレストア腎は、理論的に、“病変のない”臓器とみなすことができる。
ちなみに、肝臓ではドミノ移植が市民権を得ている。20) 末梢神経へのアミロイド沈着を主徴とする家族性アミロイドーシスは、肝臓における異常プレアルブミンの産生を原因とする優性遺伝性疾患である。患者が治療として肝移植を受ける際に、疾患の原因となった病的な肝臓が別の患者(多くは肝硬変症)用の移植に用いられる。異常プレアルブミンがアミロイド沈着をきたして症状を出すまでに、通常、20~30年程度の年月を要するからである。
(続きます)
by hiroyuki
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