イージス艦衝突:海自側に「安全の徹底を」 海難審判裁決

2009年1月22日 15時05分 更新:1月22日 15時24分

衝突したイージス艦「あたご」(奥)と二つに折れた漁船「清徳丸」=千葉県・野島崎沖40キロ付近で2008年2月19日、本社ヘリから岩下幸一郎撮影
衝突したイージス艦「あたご」(奥)と二つに折れた漁船「清徳丸」=千葉県・野島崎沖40キロ付近で2008年2月19日、本社ヘリから岩下幸一郎撮影

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が昨年2月に衝突した事故の海難審判で、横浜地方海難審判所(織戸孝治審判長)は22日、あたごの所属部隊、第3護衛隊(当時は第63護衛隊)に対し、安全航行の指導徹底を求める勧告をするとの裁決を出した。審判所は「あたごが動静監視を十分に行わず、清徳丸の進路を避けなかったことが事故の主因」と判断した。裁決が確定すれば、海自組織に対する勧告が初めて発令される。裁決は一方で、事故時の当直士官、長岩友久・前水雷長(35)ら個人4人への勧告は見送った。【池田知広、吉住遊、杉埜水脈】

 刑事裁判の被告に当たる指定海難関係人は▽長岩・前水雷長▽前艦長の舩渡(ふなと)健1佐(53)▽交代前の当直士官、後潟(うしろがた)桂太郎・前航海長(36)▽安宅(あたか)辰人・前船務長(44)▽第3護衛隊--の1組織、4個人が指定されていた。

 裁決は、長岩・前水雷長について「当直についた際、他船の動静を十分監視しなければならない」と指摘。こうした、あたご側の監視不十分について「乗組員の教育訓練に当たり第3護衛隊が、艦橋と戦闘指揮所(CIC)の連絡・報告体制、見張り体制を十分に構築していなかった」と、勧告する理由を述べた。

 一方で長岩・前水雷長には「勧告しない」、後潟・前航海長ら3人の行為については「発生原因とならない」として、個人4人への勧告は見送った。ともに業務上過失致死容疑などで横浜地検へ書類送検された長岩・前水雷長と後潟・前航海長に関し、裁決の判断が分かれたことは、地検の処分や起訴後の公判に微妙な影響を与える可能性がある。

 また、漁船側についても「衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも(事故の)一因」と述べた。

 事故は昨年2月19日午前4時6分に千葉・野島崎沖で発生。衝突で清徳丸は船体中央部で分断され、船長の吉清(きちせい)治夫さん(当時58歳)と長男哲大(てつひろ)さん(当時23歳)が行方不明になり、同5月に死亡認定された。

 あたご側は審判で、清徳丸があたごの後方を通り過ぎる進路をとっていたが、事故直前に大きく右転したため危険が生じたと反論。事故後も再発防止策を練り、教育・訓練していることから「勧告するまでもない」としていた。これに対し裁決は「あたご側主張の進路は合理性に欠ける」と退けた。

文字サイズ変更
この記事を印刷
印刷
 

特集企画

おすすめ情報