昨年2月の海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、横浜地方海難審判所があたご所属の第3護衛隊に対し安全航行・教育を徹底するよう勧告する裁決を下した。裁決が確定すれば海自への初の勧告発令となる。
昨年7月にまとめられた政府の防衛省改革会議の報告書は事故の問題点として、あたご側の航海ルールの無視、当直チームの監視能力の欠如、当直士官による指示の問題点などを指摘した。
防衛省は事故原因などについて報告書と同じ見解だが、審判では、刑事裁判で検察官に当たる理事官が事故の主因はあたご側にあったと主張したのに対し、被告にあたる指定海難関係人の当時の当直士官らは清徳丸側に主な原因があると述べ、対立していた。
裁決は、あたご側の見張りが十分でなく、清徳丸を回避できなかったことが主因と認定し、あたご側の主張を退けた。また、第3護衛隊の教育訓練について、艦内の連絡・報告体制、見張り体制づくりが不十分だったと指摘した。
あたご事故後も、海自艦船が絡んだ接触事故が起きている。このため、海自の安全教育の徹底について勧告する必要があると判断したのだろう。
あたご事故だけでなく、海自ではここ数年、イージス艦情報流出事件(07年1月)、インド洋における米軍への給油量データの隠ぺい発覚(07年10月)、護衛艦「しらね」の火災(07年12月)など不祥事が相次いだ。このため、昨年3月、海自内に「抜本的改革委員会」を設置し、再発防止策を検討してきた。
昨年12月末にまとめた報告書「抜本的改革について」では、05年以降の海自の不祥事11件を列記し、あたご事故など8件が艦艇部隊で発生していることから、艦艇部隊に対する対策を重視する姿勢を強調した。
そして、不祥事の底流には「装備と人員のアンバランス」「業務の多様化と増大」などがあると分析し、対策では「護衛艦の充足率向上」「業務の削減と効率化」などを打ち出した。要員の確保に重点を置いているように映る。
人員不足が事故など不祥事の背景にある場合もあるかもしれない。しかし、人命を奪ったあたご事故のような不祥事の主因は、組織の規律や教育の不徹底に求めるべきであろう。
ソマリア沖の海賊対策で海上警備行動によって海自を派遣することに防衛省は総じて消極的だが、海自は積極姿勢を見せている。新たな任務が海自の増員に結びつくと考えているのではないか、との指摘もある。事故などへの抜本的改革も同じ延長線上に検討されているとすれば、筋違いである。
海自は、今回の裁決を正面から受け止め、安全航行のための教育を主眼にした対策に力を傾注すべきだ。
毎日新聞 2009年1月23日 東京朝刊