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社説

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オバマ氏と世界―柔らかく、したたかに

 自省するかのような厳粛なトーンで、オバマ新米大統領は語りかけた。選挙戦のころの、聴衆を奮い立たせるような熱っぽさは影をひそめた。直面する困難の重さと、指導者としての責任感がそうさせたのだろう。

 経済危機など現実の厳しさを率直に認めたうえで、「アメリカよ、それは解決できる」と、米国民に勇気をもって試練に立ち向かうよう求めた。

 そんななかに「すべての国の皆さんや政府に知ってほしい」という異例の呼びかけがあった。

 イスラム世界に対し「私たちは、新たな道を模索する」と述べ、これまでとはアプローチを変え、共通の利益と相互の尊敬に基づく関係を築きたいという意欲を示した。

 9・11同時テロをきっかけに、米国ではイスラムへの偏見が一気に強まった。逆に、イスラム世界では反米感情が燃え上がった。この不信と憎悪の悪循環を何としても断ちたいという思いに違いない。それなしに中東和平もイラクの安定もないし、本当のテロ対策も成り立つまい。

 イラク戦争で4千人を超える米軍兵士が命を落とした。イスラムとの対話を呼びかける新大統領の言葉を、米国民も納得して聞いたのではないか。

 むろん、新大統領の一言で長年の対立の構図が解けるわけはない。イスラエルのガザ侵攻にオバマ氏は沈黙し、イスラム世界を中心に失望と憤りが広がった。だが、就任演説で触れたことの重さは軽視すべきではない。

 公約したイラクからの米軍撤退を軌道に乗せ、戦争の収束に誠実に取り組むことがイスラム世界の対米不信を解く第一歩だ。イスラム世界もこの絶好の機会を真剣にとらえて、対話に踏み出してほしい。

 ブッシュ政権が敵視してきた独裁政権などにも、手をさしのべる用意があると表明した。北朝鮮やイラン、キューバなどが念頭にあるのだろう。

 「握りしめたこぶしを開くなら」という条件がついた。核開発やテロ支援をはじめ、国際社会のルールを無視し、地域の緊張をいたずらに高めるような姿勢を変えよということだ。もっともな立場だし、「悪の枢軸」呼ばわりして無用な緊張をあおるより、はるかに賢明な外交である。

 オバマ氏は、途上国の貧しい人たちにも呼びかけた。日本などの先進国には、貧困や環境・資源問題にともに取り組もうと語った。

 目新しい主張ではないけれど、ブッシュ時代には欠けていた他者への共感と謙虚さを感じさせた。国際協調主義への明確な転換である。

 「世界が変わったのだから、米国も変わらなければならない」。この難題をどう実行して見せるか、世界は期待しつつ注視している。

中国の国防白書―前進? まだまだ不透明

 中国政府が08年版の国防白書を発表した。2年ぶり6度目のことだ。

 国防費は20年連続2けた、という驚くべき伸び率を記録した。しかし詳細は相も変わらず明らかでなく、透明性の向上という点からはとても及第点をあげるわけにはいかない。

 だが、核戦略や海軍力の展開などの「意図」について説明しようという努力の跡はうかがわれる。国防省が白書発表にあたり記者会見を開いたのも今回が初めてだ。

 根強い中国脅威論を少しでも和らげようと意識しただけでなく、米国でオバマ新政権が誕生するという歴史の節目にあわせて、その立場を改めて明確にする狙いもあったに違いない。

 なかでも注目されるのは、包括的核実験禁止条約(CTBT)の「早期発効支持」を明確に表明したことだ。

 CTBTは96年に国連総会で採択が決議されたものの、批准国が足りずに発効していない。たなざらしになっているもっとも大きな要因は、最大の核保有国である米国の姿勢だった。

 米国はクリントン政権のときに条約に署名したが、共和党が多数を占めていた上院が批准しなかった。01年に登場したブッシュ政権も、核兵器の性能確認には実験が必要との考えから条約に反対だった。そんな米国を見て、中国は批准を見送ってきた。

 しかし、オバマ大統領はすでにCTBT支持を表明している。中国はただちに、米新政権とともに発効に向けて動き出すべきだ。関係の深いパキスタンやイラン、そして北朝鮮などにも批准を強く働きかけてもらいたい。

 中国海軍はソマリア沖での海賊対策に、初めて艦船を派遣した。白書は「遠洋での協力と非伝統的な脅威への対応能力を着実に発展させる」と、遠洋での作戦能力向上を目指す方針を初めて示した。

 だが、建造が伝えられる弾道ミサイル搭載の新型原子力潜水艦や航空母艦についての説明はない。目指すという「強大な海軍力」への警戒感は逆に大きくなった。

 日中間、そして米中間に横たわる台湾問題については、昨春に「一つの中国」を掲げる国民党政権が誕生したことを踏まえ、「台湾海峡情勢に積極的な変化があった」と述べた。しかし、中台関係改善を受けた軍備見直しについて言及がないのは残念だ。

 2年前の白書では、日本の憲法改正や集団的自衛権見直しの動きを指摘した。今回は艦艇の相互訪問などを例に「中日防衛関係は進展した」として、さらなる交流を呼びかけている。

 そうならば、日本はこれからも様々な交流の場を利用して、中国軍への懸念や不安を率直に訴えていくことが大切だ。米国とも連携し、粘り強く「透明性」を求めていきたい。

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