◆[山形市]山形駅前 穏やかな彼岸明け(2008平成20年3月23日撮影)


「あぁバス来た来たぁ、遅っでらんねがらよぅ」
今日は芸工大の卒業式らしい。
正装の親子がバスに乗り込んだあとも、三の丸土塁跡の樹木がアスファルトへ静かに影を落としている。

腕時計と道路の先を交互に見て、ベンチに浅く座る。
山交の赤いバスがこんなに待ち遠しいことも滅多にない。

薄青い空の彼方から、
春の到来を囁いてくる月山。

「春が来た証拠て、どさあんのや?」
「道路のペンキば見で見ろぉ、真っ白くてまぶしいべぇ」
春の証拠を軽やかに踏みしめながら、親子が街へ消えてゆく。

ギザギザに切り取られた影が、
ビルの谷間へ張り付く春。

「眠たぐなてくっずねぇ」
「欠伸ばり出でしょうがない」
大口を開け、春の大気を吸い込むタイヤ。

ガラス張りの壁面が、飽きることなく駅前の人々や車を写し込む。

「山形で唯一のアーケードなんだど」
「昔は十日町さも七日町さもあるて聞いっだっけげんとなぁ」
アーケード全盛時代を知らない世代が街を闊歩する山形。

「ちぇっと来ねど、しゃねこめ新しい店ができでるんだずねぇ」
街は生き物。時代についていこうと日々変化する。

銀輪の隙間をすり抜ける春風を気にもせず、自転車は街ゆく車を飽きもせず眺める。

「早ぐついでこい、春から追い越されっべな」
子供は大人の歩幅をまねて走り出す。

「あどどれくらいかがんのやぁ」
「あど三年」
「気遠ぐなるぅ」
「山交ビルまでなの、こごから三分だじぇ」
子供にとっての三年は異常に永い。

春を装うショーウィンドウに、春の街並みが映し出される。

白線の上を、鍵盤を撫でるようにして通り過ぎる。

緑のパイプから、ポツラポツラと人が吐き出されてくる。

「今日は19.2度にもなたんだど」
暖かい日差しが、ペデストリアンデッキから溢れて地面へこぼれ落ちる。

「どさ行ぐぅ」
「おっきな声だすいどご」
「んだら天童のNDスタジアムだべず」
二人はからめた手をもう一度強く握りしめる。

「どさいだの?ほだんどさぁ。んだら、いまから行ぐがらぁ」
携帯の声を聞きながら、自販機のペットボトルも山形弁を覚えてしまう。

「七日町さ行ぐど、何がおもしゃいごどあっかもすんねじぇ」
春休みだし、箸が転げてもおもしゃい時期だし。

杉花粉の混じった春風が、
勢いを付けて薄暗い通路をすり抜ける。

週末の夜の名残が、路地裏に沈殿して眠っている。

あんまりパキパキした色調は、
二日酔いの目にはチカチカするかもしれない。

誰が飲んだか一夜の夢。
日曜の朝の道ばたに置き去りか。

飲み屋街に澱んでいた夜の匂いを、
女子高生たちの明るい笑い声が吹き払う。

ほんとは日向に出てみたかった。
本音をちらつかせる路地裏の花。

耳の奥に残る夜のざわめきを、
まぶしい光が一蹴する。

「ほだんどごさいねで、こっちゃ来てみろ」
「動ぐだぐニャーイ」
マンホールの蓋を見つめ動かない猫は、二日酔いなのか、花粉症なのか。

猫の気持ちが黒いマジックで段ボールに書かれている。
カメラを向けられてカンカンに怒っている?

うららかな日差しが舞い降りる日曜日は、
猫が駐車場を管理する。

「飛行機雲が青い空ば切り裂いでゆっくり進んでいぐぅ」
「空て、あだい青いんだっけがぁ」
冬の間うなだれていた首を久しぶりに上げ、まぶしい空を二匹で見上げる。

「あば口開げっだのがぁ」
失礼な物言いに尻尾を振り上げるスズラン街のしゃちほこ。

「窮屈などごから早ぐ出っだい」
ぽかぽか陽気で顔を出してみるホース。

大通りから紛れ込んできた春風が、葉っぱの前で一瞬躊躇し、ひと撫でしたらまた去ってゆく。

「早ぐ下ろしてけろぅ」
走りたくてたまらない三輪車。

「携帯で喋てる場合んねぞ!
後ろからすごい勢いでイチローがおかげでくる」

パンパンに乾いたアスファルト。なんだか粉っぽい空気。鼻腔をくすぐる花粉。
ああ、春だなあ。

重装備の電線をよそに、19度に達した今日の山形では、軽装の人々が闊歩する。

幾筋もの電線が空へ張り巡らされ、白く反射する路面にも筋状に電線の影が走る。
その隙間を縫うように、春の陽気に誘われて街へ出る山形人。

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