◆[山形市]東北芸術工科大学・上桜田・小立 目覚めた春 (平成20年4月6日撮影)


燦々と降り注ぐ日差しをチュパチュパ吸いながら、
紫の体が空へみるみる伸びていく。

青空にツンと突き出る芸術工科大学。
入学式日和に枝も期待に胸ふくらます。

マンサクの花びらをひらひら揺らすようにして、
若い会話が耳元に届く。

透き通る青い空と桃色の花びらを見上げ、
胸の奥にしこっていた物が知らず知らずのうちに溶解していく。

雪に埋もれていた手が、
指先をポキポキ鳴らして春を呼ぶ。

穏やかに広がる春の空。
山形盆地のあちこちから、目覚めの欠伸が聞こえてくる。

こごまっていた体が、大気の中で伸びをする。

ボタッと落ちてしまった自分の立場に気づこうとせず、
気丈に花びらをピンと張る。

先っぽに光を孕み、ツンツンと春風を突き合う。

「こだい膨らんだじゃぁ、早ぐ見でけろぅ」
木蓮が窓ガラスをノックする。

「ほのへん走り回っだいくらい天気いいまぁ」
花びらは自分に足があったらと天を仰ぐ。

凝り固まった畑を耕す頃、柔和になった大気に包まれながら花開く。

冷たい風が竜山へ吹き抜けていたのは何時のことだったのか。
ビル街の喧噪が杉花粉と混ざり合いながら、電線を揺らしていく。

「入学式さ遅っでらんねべぇ」
春の息吹を感じる余裕もなく足早になる。

山形人にとって春の日差しは、どんなスペシウム光線よりも効果的。

だらだらと下っていく坂道の脇を、
生あくびをかみ殺しながら赤白コーンが立ち尽くす。

「稼ぎ時が来たなぁ」
「土の上ば転がんの気持ちいいぞぅ」

春の太陽がまぶしすぎるから車の下に待避したのか、
見慣れない親父が首からカメラをぶら下げて歩いているから、危険を感じ隠れてしまったのか。

「どごもほごも火の車んねべなぁ」
「値上げ値上げで、音を上げるてがぁ」
消防団は火災の鎮火が使命でも、火の車の沈静化までは手が回らない。

「ば」と「こ」の間に「す」を入れればタバスコ。
喫煙者にとっては、タバスコを飲むくらいキツい世情になっている。

春風は網の中を難なく吹き抜け、
檻に入れられたゴミ袋は取り残される。

小さな薄紫の唇をパクパクしながら、
土手の花びらは一斉に太陽を向く。

サドルから腰を上げて、ペダルに体重を掛けないと上れない急坂が続く。
小桜橋を登り切り、まもなく芸工大が見えるという場所でフッと空を仰いで深呼吸。

下りは楽ちん。
ペダルから足を離しても、自転車は我が意を得たりとばかりに勝手にギュンギュン進んでいく。

ネコヤナギの触角が、青い空を少しずつついばむ春。

干からびて茶色く濁った体を、壁に映す恥ずかしさ。

ほどよく地面が暖まっているものだから、
自然に腰が重くなって、立ち上がるのも忘れてしまう若者たち。

「こないだまでは寒くて、なにすんべど思ったっけげんと、入学式のころは暖かぐなるもんだずねぇ」
背後にペダルの音を聞きながら、おもむろに水面へ足先を漬けようとする。

溢れる光を反射させながら、全身で春の喜びを表す造形。

じっと見つめていると、春の精がゆらゆらと青い空を目指して立ち上っていくようだ。

真っ正面を「ウタビト」が左から右へと通り過ぎていく。
私はそれを笑顔で受け流す。

頑なにギュッと握っていた手のひらを、いまだに開こうか逡巡している。
その蕾という名の手のひらをゆっくりでいいから開きなさいと、太陽は微笑みかけてくる。

「いい顔、いい顔〜」
子供の笑顔を見るためなら、コンクリにひざまずくのも厭わない。

「ほれほれ、こっち見でぇ」
「太陽シカシカてまぶしくて見らんねべぇ」
母親のかざした手と、父親の携帯のどちらに応えようかと赤ちゃんが人生で初めて悩む。

空の中へフワフワと親子の会話が紡ぎ出され、会話は綾織りしながら春の空を舞っていく。

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