◆[山形市]蔵王成沢 成沢城趾公園観桜会(2008平成20年4月27日撮影)


山形人は、緑に包まれることの喜びを体で知っている。

黒ずんだ電柱を、そっと両脇からピンクの手が包み込む。
電柱は緊張のあまり、声もなく突っ立つ。

空気の匂いをクンクンと嗅ぎながら、草花は大気の湿気や気温に敏感に反応し、花の開き具合を微調整する。

野山がワラワラと春を急ぐ頃、水仙は澄ました顔であたりをキョロキョロ。

今朝まで降っていた雨も、
アスファルトの隅に追いやられている。

充分に雨を吸い込み黒々とした畑から、
青々とした葉と真っ赤な花が咲く不思議。

肌寒い大気の中でプランプランとぶら下がり、久しぶりの春に戸惑い気味。

「早ぐ行ぐべぇ、餅食んねぐなっじゃぁ」
親の手を引っ張る子供の手に力がこもる。

「なんだが今日は人通りうがぐないが?」
「んだっだべ、館山でお祭りだも」
黄色い水仙の問いに、黄色いブラシが適当に答える。

落ちてしまったことに、気づかない振りを通していた花びら。
枝を見上げて、元の鞘に収まらないことを知り力が抜ける。

充分に肺の中へ息を吸い込んで、一気に空へ向かい吐き出したような一気咲き。

「あそごの桜は、毎年楽しみなのよぅ」
顔に皺を刻んだ土塀は、今年も見られたことに安堵する。

空の大気を独り占めにしようかという勢い。

チューリップにじろじろ見られている気がしたので、
だらだらの下り坂を、もっとゆっくり歩いてみる。

「おらいんなは朝五時起ぎで出がげだもはぁ」
「おらいんなもそわそわてさっき走てったはぁ」
成沢城趾の観桜会だもの、地区民は平常心でいられない

石段に降り積もった桜の花びらを見つめながら、一段一段踏みしめるように静かに登る。。

「自転車では館山の上までいがんねべ」
「館山なの庭みだいなもんだがら、逆立ちしてでも登るい」
館山(成沢城)は確か難攻不落の城だったはず。

若葉が好奇心をあらわにし、
レンズにひょいひょいと近づいてくる。

赤い橋を渡って、杉木立の中に吸い込まれてゆくためには、
それなりに小さな心の準備がいる。

外からの音が杉木立に遮られ、
耳鳴りしか聞こえてこない。

ぬるぬるとぬかるむ道をおっかなびっくり登ってゆく。
へっぴり腰だなと山吹が吹き出して笑う。

「こんにちはー!」
なんと元気のいい子供たち。
きっと山頂にはきなこ餅と納豆餅が待っているからだろう。

蛇がのたうつような枝振りの先で、地面から吹き出した春が沸き立っている。

こんなに柔らかい色に包まれて暮らしているんだから、
目を三角にしてあくせくするのはやめんべはぁと山形人は思うのか。

「ほれ、こだい綺麗に写った」
「いい携帯持ったねぇ」
「携帯んねくて画像ば見でけろず」

春の一部を切り取ろうと足を踏ん張り、
両肩にも力が入る。

「おまえ出番いづや?」
「おまえど交互っだなぁ」
無駄口を悟られないように、バケツの中で会話する。

「寒くてよぅ、早ぐ挨拶終わらねがなぁ」
「んだずぅ、長〜い挨拶は犬も食わねず」
顔は澄ましていても、足先は寒さと退屈を我慢できずにいる?

どこへ行ってもゲームの事を忘れない子供。
早く餅が食べたいと、すぐに立てる体勢を保つ大人。

「靴ば脱いだら足軽こぐなてぇ」
はしゃぎまくる子供の脇でシューズは地面とにらめっこ。

「晴れの舞台ば撮っておがんなねべぇ」
舞台の上の人以上に、カメラを持った人々も熱く真剣。

「かあちゃんさいいどご見せらんなねべぇ」
自慢の音色が館山の空へ響き渡る。

「こだい集まてはぁ」
熨斗(のし)紙の数より人の数。

「早ぐ来ねど、きなこ餅なぐなっぞぅ」
おばちゃんたちは手を休めず口も休めない。

「ちぇっと寒いがら、餅ついでっどちょうどいいま」
臼から餅をこぼさず、笑顔をこぼす杵つきおじさん。

「ねっづぐ春ばまぶしてけっか」
「杉花粉混ざていねべね」
添加物は春100パーセント。

「ほれほれこぼすほれぇ、ちゃんと口さへんねどだめっだなぁ」
おじいさんは孫が気になり、孫は舞台の方が気になる。

切り株に座っても、食べる準備は出来ている。

三味線の音色の一粒一粒を聞き漏らすまいと、三人は神妙に最前列へ並ぶ。

手を伸ばせば届く位置で見る醍醐味。

「十年も前から桜ば育でっだんだっけどぉ」
「頭下がっずねぇ」
写真を見ながら、それでも箸を持つ手が止まらない。

「花曲がったどら」
「鼻曲がるほど、何が臭いがよ」
出番前、緊張走る。

「やんばいな三味線だっけねぇ」
「おらだもあれぐらい拍手喝采ば浴びらんなねっだな」
衣装に身を包み、緊張を笑顔で包み隠す。

冷たい空気を振り払うように舞い、春の喜びを全身から発散する。

滑るように笛の上を動き回る指先。
踊りも佳境に入り、指先の動きが一段と熱を帯びる。

「あそごさなんて書がったの?」
「ご飯いっぱい食ねど、おっきぐならんねて」
「踊った人は、ご飯いっぱい食たんだねぇ」

「いや〜、いがったいがったぁ」
「なに、ほだいいがったっだが」
「きなこ餅も納豆餅も、んまいっけがらぁ」
花びら散らして人々は帰途につく。

館山から流れ落ちてくる観桜会の調べを、
静かに聞いている花びらたち。

「来た甲斐あっけなぁ」
「来年もまだ来らんなねっだな」
来年も再来年も、その先もずっと二人で同じ道。

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