◆[山形市]お薬師様のお祭り・植木市 若葉ほとばしる(2008平成20年5月10日撮影)


朝10時前でこの有様。山形人は緑に貪欲。

「まんず、砂埃舞い上がってわがらね」
山形人は緑を求めるのに舞い上がっている。

「乗っていい?」
小さな花が自転車に問いかける。

「ちぇっと肌寒いげんと、陽も差してきたしまずまずだんねがぁ」
今年も植木市の賑わいに、人々はにんまり。

いま山形は、どこへ行ってもハナミズキ。
ハナミズキのピンクに山形は埋まってしまいそうな勢い。

山岳道路は、雪の壁を車が進む。
五中前通りは、緑の壁を人々がゆっくり歩む。

緑の隙間から元気なかけ声が響いてくる。

一つ一つ丹念に眺めていたら、
一キロ進むのに三日はかかる計算。

「おらだの出番は少ないがもすんねなぁ」
下がった気温の中、天を仰ぎ見て慨嘆する。

「しまた〜、忘っでしまた〜」
忘れたことがなんだったのか忘れ、頭を抱える。

そんなに近くに寄って花びらを見てもピントが合うのか。
老眼になってしまった自分が恨めしい。

「その壁の蔦は何年物や?」
誰も聞く耳持たず、顔を上げることもない。

「主役は花だがら、隠っでいるしかないべ」
飲み干された小さな瓶が、電信柱の影に身を潜める。

空気の揺らぎと匂いで、人々の植物欲しい症候群を敏感に感じ取ってしまう芽。

「はえずでなんたよ」
「こいずのほうがいいべよ」
即決めずにあれこれ迷うのが植木市の楽しみ。

「おらぁ、花の引き立て役でしかないものぅ」
いくらまぶしい明かりをまき散らしても、
花の彩りには叶わない。

今、一つの花と目と目が合った。

「これでいいべがっす?」
「う〜ん、どうすっかなぁ」
決めてからも目移りがする植木市。

「新築西通りも道広ぐなてねはぁ」
「狭こいどごさ、ぎゅうぎゅうて出店並んでる感じんねもなぁ」
「良いんだが悪れんだが」

「黒いし泥ふっついでるしぃ」
「おまえだ、土の中からおがたんだべよ」
真っ赤な花びらへ向かい反論する長靴。

「こっち向ぐなず。俺が燃えるわげじゃないんだがら」
誤解を解こうと、真っ赤になって如雨露を説得する消火栓。

整然と並んだ草花たちが、行き交う人々を品定めする植木市。

「日本三大植木市と聞いて、海外から参加しましたぁ」
すだれを除けてバナナが主張する。

「くたびっだがらちょっと休んでが」
足が疲れたら口を動かす。

「雨降るまでじっとしてろど」
「今日、雨なの降らねべぇ」
「早ぐ手足ば伸ばすだいはぁ」

値札が無ければ、
道路っ端に洗濯物を干しているのかと思ってしまう。

「欲しいんだごんたら、ちゃんと欲しい理由ゆてみろぉ」
本能が欲しいと感じているんだから理由なんかあるわけ無い。

背中のアンパンマンは、
子供が椅子に背中を押しつけないことを願っている。

植木市のざわめきを毎年聞いている東高グランドの樹木たち。

子供のほころぶ笑顔を見ると、
親の財布は緩くなる。

ピンクの花びらなんかさっぱり目に入っていない。
心を占有しているのは、唇にくっついた冷たく甘美なアイスだけ。

朝から晩まで人々の足音を間近に聞きながら路面に佇む。

お薬師様まで延々と続く出店の通りは、子供の頃へ遡るための助走路か。

誰かの担いだハナミズキが、電線の下をゆらゆらと遠ざかる。

「入っべずぅ」
「昔ば思い出してがぁ」
お化け屋敷に入ることを年齢が邪魔をする。

集中すると無口になる。
集中すると周りのざわめきが聞こえなくなる。

ベンチに座り、口と手と足先をひたすら動かす。

「んだずね〜」「んだげんともよぅ」
指先のドンドン焼きを見つめながら会話が進む。

「ほろげ落ぢねようにな」
食べたら遊ぶ。遊んだら食べる。

「え?いま始めで聞いだぁ」
「いま始めでゆたんだも」
「しゃねっけぇ」
うわさ話は焼きそばの麺よりこごらげで長く尾を引く。

滴り落ちる若葉のシャワーに、心の中まで洗われる。

薬師堂の甍を滑り降りてくる風に、若葉たちは頷くように微かに揺れる。

どんなときもしっかりと手を添える親心。

「早ぐ食えよ」
「なして急がんなねのや?」
意味はなくても兄の威厳を見せつけたかった。

子供にとってはドリームワールド。大人にとっては郷愁の空間と化すお薬師様のお祭り。

空に向けてぽっかり空いた大口のような池。
人々は周りへ集い、樹木たちは自らの姿を写し込む。

目に染みる若葉の隙間を、行き交う人々の声がすり抜ける。

上下対称の景色が、ロールシャッハテストを彷彿させる。

綺麗な藤棚も、根元を見れば苦渋の皺が刻まれている。

数秒の急降下が、子供の心を釘付けにする。

「釣れっどご見せでけらっしゃい」
「年季が違うのよ、年季が」
子供たちのキラキラ輝く目で見られたら、おじさんは後に引けない。

「わっ!」
「ぼ、呆然!」
子供たちの前で、おじさんは十歳若返り竿を振る。

大木は水面に映る姿を見つめてナルシスト。

ゆったりたゆたう水面が、くっきりとした人々の姿を柔らげる。

「早ぐ起ぎろぉ」
「ドンドン焼き食いあべぇ」

「死んだふりしったはぁ」
「草の上て気持ぢいいんだじぇ」

うねうねと伸ばす腕の先から若葉がほとばしる。

「まもなぐ帰っから」
「玉コン買ったがら待ってでぇ」
「ドンドン焼ぎもぉ?」
携帯の会話が橋の上から流れだし、馬見ヶ崎を下って消えてゆく。

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