◆[山形市]山形駅周辺 夜は別の顔(2008平成20年5月24日撮影)


夜が帳(とばり)を降ろそうと、空からそっと迫ってくる。
湿気の中に週末のけだるさも漂わせる山形駅前。

「あいづだら、いづでも遅刻だずねぇ」
「しょうないっだな、山形時間だも」
闇の中に浮かび上がってきたオレンジの明かりの中、待ち合わせの空気にピリピリ感が微塵もない週末。

「今日は土曜日だっけなぁ。道理で客層が違うまぁ」
闇の中に突っ立って、のんびり構えるバス停の表示。

自転車を引き上げる音だけが、
柔らかい光の中に間延びして反響する地下道。

「このセットなのなんたよ」
「おれは飲み放題プランの方がいいはぁ」
自転車さんお断りと知りながら、お互いむなしい会話を続けている。

赤い提灯に喉が鳴る。
赤い誘蛾灯は、何匹の酔客たちを吸い込んでしまうのだろう。

確固たる意志を持たぬ人々は、その姿までぼやけてくる。
土曜日の夜は、緊張し続けた意志を一時的に投げ捨てる。

「うっつぁ帰らんなねんだずぁ」
「なにゆてんのやぁ。夜は長いんだじぇ」
城南橋の車たちは、
たむろする高校生の声に耳を貸す余裕もなく走り去る。

ひょいと現れた自転車が脇をすり抜ける。
あっと思ったときには、
絶え間なく続く騒音と長く尾を引くテールランプだけだった。

ちょっとでも突っつけば雨を降らせてしまいそうな青黒い大気が、益々膨らんで空を支配してくる。

その先の信号が赤になれば、あっという間に車の長い列。
そして城南橋の側壁はたちどころに、テールランプの反射で真っ赤に染まる。

シャーッと金属音が近づいてくる。
窓枠からオレンジ色の光をこぼして、あっという間に走り去る。

軌跡を描く自転車のランプ。
ほんの零コンマ何秒かだけを映し出す。

闇夜に浮かび上がる街灯やネオン。
城南橋の手摺りは、その明かりを寡黙に受け止め真摯に反射する。

黒々と横たわる霞城の森。
眠そうな松の木が光を受け、体の筋を闇に浮かべる霞城公園の南門。

オレンジ色に包まれた街並みは、ひとときだけのおとぎの国。
明日になれば朝陽が現実を照らし出す。

「遊ぶべぇ」
滑り台の影から子供のか細い声がする。
それは数十年の昔に子供だった自分が発していた声。

街灯の明かりは、昼には見せない別の顔へ街並みを塗り替える。

人が居ようが居まいが、人が見ていようが見て無かろうが、
信号の中にはめ込まれた小さな人型が、繰り返し繰り返し闇夜に浮かんでは消えている。

闇の中に浮かんでいる山形三中の看板「知恵の瞳」。
瞳の色は、駅西口のネオンが反射し変化する。

満車なのか空車なのか、はたまた自転車でもOKなのか。
自転車は判断に苦しみ、入り口で躊躇し黒く佇む。

山形駅西口の野っ原で唐突にフラッシュを焚いてみた。
驚かすんじゃないと、怒った葉っぱたちが躍りかかろうとしてくる。

家路を急ぐ人々が街灯の下を通り過ぎてゆく。
その足元で噴水が、飽きることなく夜の光と戯れる。

感情をあらわにしたようにカツカツという靴音を、霞城セントラルの壁面へ反射させ、闇の中へ消えてゆく。

そそり立つ円柱の間から光が漏れ出て、石畳に幾何学模様を敷き詰める。

「今日もあど終わりだびゃぁ」
駅のコンコースを見守っていた店員は、
くるりと体の向きを変え、店の中に消えていく。

上手なのか下手なのかは耳をそばだてても分からない。
ただ分かったのは、妙に週末の雰囲気にマッチしている事。

「よい子は早ぐ、家さ帰れはぁ」
駅前は清濁併せのむ場所だから、そんなこと言っても詮無い話。

ペデストリアンデッキにもたれかかって、駅前のネオンをぼんやりと眺める。
生ぬるい湿った風が頬を撫でる。手摺りの冷たさが指先に伝わってくる。金属の表面をネオンが止めどなくなで回す。

エスカレータに身を任せながら行き交う人々をぼんやりと見やる。
夜は人の心にさざ波を立てるものらしい。
誰もが自分の楽しみごとや悲しみごとで頭がいっぱいなんだろうなと、自分だけが置いてけぼりを食ったような寂寥感に襲われる。

黒い固まりが息を潜め、ネオンの光を反射している路地の隅。

とっぷりと闇に支配されてしまった山形駅前。
電飾は人々の欲望を代弁して闇の中へ光を押しつける。

箍(たが)の外れた酔客の大声が、ネオンに反射し地面へ転がり落ちて消えてゆく。

ビルの屋上に上り、瞬いている光を眺める。
人々の悲しみや怒り、そして喜び。そんな思いが光の束となって闇夜に浮かび上がっているようだ。

頬にポツリと冷たいものが落ちてくる。日本の南岸を低気圧が進んでいるらしく、山形もそろそろ雨らしい。
闇夜を見上げ、撮影も潮時だなと自分を納得させる。さっきから腹の虫が目を覚まし、早く何か食わせろと鳴き出すし。

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