◆[朝日町]能中・椹平棚田 棚田に夏日照り返る(2008平成20年6月8日撮影)


ヒメサユリは棚田の水面へフイッと一息吹きかける。椹平の棚田に甘い香りが吹き渡る。

溢れかえる初夏の日差しは、トタン屋根を熱し、道を白く発光させ、苗の隙間を軽やかに飛び交う。

漂ってくる会話はラッパ型に開いた花びらが吸い込む。
微かに揺らした花びらは何事もなかったかのように夏日に輝く。

「あの辺の街が宮宿で、もっとあっちゃ行ぐど白鷹だはぁ」
「随分と詳しいんねが?」
「グーグルマップ見で予習してきたっだなぁ」

「こっちの方が綺麗だんねがよ」
「今、決定的瞬間だがら」
花に魅了された刹那だけ、二人は心が数ミリ離れ背を向けあう。

連山を見渡し、花びらは肺の底まで緑の大気を吸い込む。

目を細めたのは日差しが眩しいからというよりも、花びら同士がくっつきすぎるから。
花びらは人目もはばからず、じゃれあうように絡み合う。

「かえず、かえずよぉ。今あたしど目があったっけのぉ」
触れようとする指先を、花びらはじっと見つめる。

「なにいっぱい広げっだのや」
露店を冷やかしながら、指先の玉コンをプラプラさせる。

初夏の熱で靄(もや)っている空へ、雑草は逞しく葉を広げ、縦横無尽に蔓を伸ばす。

川底を見せても腹の底をうかがい知ることはできない最上川。
陽光の白い幕を張り付かせながら、ゆったりと体をくねらせる。

初夏の日差しが暑すぎて、
樹木の影がアスファルトまでだらりと伸びる。

隙間からのぞき込んでいるのはバレバレだ。
隠れようにも緑色が透けている。

「どさ行ぐのや、早ぐ帰てこいよぉ、危ないどごさ行ぐなよ」
二人の子供へ向けて、母親の声が追ってくる。

白茶けた路地が、帯になって仄暗い路地に浮かび上がる。

家並みの腰の高さまで水田がせり上がっている。
秋になれば、胸のあたりで黄色い稲穂が揺れるのだろう。

ツンツンと飛び出る苗を支えるように水面はピクリとも動かず、ただ青い空を写し込む。

整然と並んだ姿からは気品が漂い、畦の雑草たちは近よりがたく遠巻きにする。

この間までのか弱さは微塵もない葉っぱ。
太陽が顔を出せば日差しをはじき、雨が降ってもワックスのように水をはじく艶々とした肌。

茎の中を吸い上げられて空を目指す地面の養分。
空へパッと発散するようにアザミの花咲く。

今やどこでも見かける雑草だからと、見向きもされないハルジオン。
畦にたむろし、我が物顔に日を浴びる。

爪を突き立て地面を掴む。大地を食らうぞと粋がっていたのもつかの間。
攣(つ)りそうな足を踏ん張らせ、そろそろ引っこ抜いてくれないかと天を仰ぐ。

顔にかかる雑草の影を振り払うこともできず、
緑の中へうずくまる。

大車輪の活躍は過ぎた。
シートをかぶり、自分の仕事にほれぼれする。

草花が太陽を探して空を見ている間に、
車のリヤウインドウへくっついて、太陽の分身が逃げてゆく。

「今日は今年最高気温だど」
「今なんてゆたのぉ?あんまり暑くて聞こえねぇ」
ホースの先の水しぶきが会話を勢いよく邪魔する。

青空を突っついて楽しもうとしたはずが、
画面枠にぶつかって先っぽがクイッと曲がり、ああ痛てて。

熱せられた道路へはみ出して、
シロツメクサは熱い熱いと我先に空へ跳ね上がる。

「暑いどぎはこごが一番よう」
木陰の下で大口を開け、用済みの冷蔵庫は寂しげに笑う。

「日光浴だがっす?」
「おらだの第二の人生ば邪魔すねでけろ」
寝そべる廃タイヤたちは、口を揃えてまだ現役だと強調する。

朝日町とヤフーで検索したら、朝日町役場ホームページの名が三つ並んだ。
富山県の朝日町、三重県の朝日町、そして山形県の朝日町。
道標に彫られた漢字が緑に埋もれそうな町は、秋になればリンゴに埋もれる。

勢いを付けてワッと空へ伸びる葉。どっしり構えて遠くを見つめる蔵。
湧き上がる夏雲の元、山形に足を付けている喜びが体の奥底から湧き上がる。

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