◆[山形市]七日町・旅篭町・六日町 夏の日よ、さようなら(2008平成20年8月24日撮影)


黒く濡れた路面を、両側のビルは無言で見下ろす。

街から人が消えてしまったのかと錯覚する静寂。
ただひたすら路面を雨が打つ。

今まで建っていたビルが消えると、途端に見通しが効く。
消えたビルの隙間を埋めるのは、湿った大気と冷たい雨ばかり。

新たなビルが出来るまでのつかの間、夕日を拝むことが出来る医者通り。

Vの字に、空を切り取る七日町のビル。

旭銀座からシネマ旭へ抜ける道は、昭和の匂いをプンプンさせる。

いま本屋さんで山のように平積みされ、ベストセラーとなっている時代小説「紅花の邨」。
その舞台の一つとなった長源寺。
主人公磐音(いわね)の丁々発止の活躍を、雨の中でひそひそ噂し合う赤いべべ。

「濡れっだぐないげんと、暗いコンクリの下さいづまでも居んのもやんだしなぁ」
時の流れをにじませたコンクリの階段といつまでも対峙する。

古ぼけた元シネマ旭の階段を一段一段踏みしめて登ってみる。
雨に濡れた路面に映る七日町の街並みが、少しずつ表情を変えていく。

軒と軒がふれあうように建つ家並み。
そんな隙間にも冷気と雨粒は入り込み、染みこんでいく。

「一夏の埃ば振り払うには雨が一番よぅ」
パッと手のひらを広げ、玉の水滴を転がしながら全身で喜びを表す。

もう湿度が100パーセントを超えているんじゃないかという塀の下。
雨に濡れた塀がどんどん黒ずみ、雑草たちの心の中まで暗くなり気持ちが萎える。

自転車のハンドルへまとわりついた水滴は、仲間の滴とぶつかりながら膨らんでいく。
重さに耐えきれなくなった滴は、地面へ落ちてピチャッとはじけて消えていく。

狭い路地をふさぐかのように咲く花びらは、
通り過ぎようとする私へ妖艶な目を向けてくる。

いよいよ激しくなってきた雨を、雨樋が必死の形相で受け止める。
しかし、上手の手から水が漏れるとはこのことか、老いた雨樋には強すぎる雨。

「いづまでもこだんどごさいねで働いでこい」
牛乳受けは蓋をパクパクさせて傘をいさめる。
「んだってぇ雨さ濡れんのやんだんだものぉ」
傘は牛乳箱へしなだれかかり耳元へ囁く。

「いやぁしゃますしたぁ」
雨に濡れた塀をよじ登り、
やっとの事でたどり着いた軍手は濡れ鼠。

人は傘で雨を遮ぎりうつむき加減に道を歩いているのに、
クレオメの花は全身にまとった雨の滴をキラキラ輝かせ、嬉しそうに空へ向かって手を広げている。

間断なく降り続く雨。
夏の間にほてった街並みが、黒く沈み静かにクールダウンしていく。

「先行き不安でわがらねぇ」
側溝に流れ落ちてゆく雨水を眺め、プルタブのぽっかり空いた黒い口から嘆きの言葉をポッと吐く。

「夏も終わりだなはぁ」
静まりかえる花小路へ、傘の下から陰鬱な目を向けつぶやいた言葉は雨の音にかき消える。

「濡れだままのあたしばほって行ぐのがぁ」
花びらの一言を聞き流し、後ろ髪を引かれる思いというのを味わってみた。

雨が染みこみしっとりと静かに佇む花小路には、だしがしっかり染みこんだ大根のように味わいがある。

「傘でチャンバラなのして、突き刺さたりしたら大変だがらな」
歩道の遠くを親子が歩く。
雨はまだ上がらないかと空を仰いだら、突き刺さるようにびちゃっと雨粒が目に飛び込んでくる。

「なんぼ問いかけでもなんにも言わね」
自転車はぶつぶつ言いながら文翔館の石壁とにらめっこ。

「雨の日は噴水止めるんだべがねぇ」
いつもなら威勢良く跳ね上がる水面で、雨の波紋が細かく揺れる。

雨の空へひょろひょろ伸びて、濡れるも構わず議事堂の前でゆらゆら踊る。

ピンクのフリルをぐっしょり濡らし、サルスベリの花は滴を垂れる。

「ありゃ、花びらおっかげで来たぁ」
傘に付いた花びらにも気づかず、サルスベリの花を撮るのに夢中になった大人げなさ。

黒くなった路面に後から後から雨が落ちる。
20度にも満たない大気は、行く当てもなく街並みにわだかまる。

「元気のいい亀だごどぉ」
熊野神社境内脇で、降り続く雨を空へ追い返すような勢いを見せる。

「蛇口は水ば出してなんぼよ」
肌寒い境内の中、体中汗まみれになってひたすら水を吐く。

「おっと、カメラば水の中さ落としてしまたぁ」
「あなたの落としたカメラは金色ですか?銀色ですか?それとも黒くて汚いやつですか?」
水中の泡をじっと見ていると、別世界を夢想してしまう。
※山形のよい子の皆さんは決してカメラを水に浸けてはいけません。今回はしっかりとビニールにカメラをくるんで撮影しました。

「雨なの降ったて仕事だがらよぅ」
ライトの光を路面に溶け込ませ、飛沫を上げてあっという間に街中へ消え去る。

雨はいよいよ激しく地面をたたく。
黒い鉄骨も灰色の電信柱もただ濡れるに任せるしかない。薄暗い街中をテールランプだけが尾を引いてゆく。

日曜日の官庁街を流れる空気は間延びして眠たげ。
七日町へショッピングに出掛ける親子の傘が、揺れながら左から右へ移動し柱の影に消えてゆく。

市役所裏のオブジェの下で雨宿り。
「ああ、雨の日はつまらない。雨の日は退屈だぁ」
声が聞こえたような気がして見上げると、オブジェは全身に涙の筋をつけている。

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