◆[山形市]日本一の芋煮会 食欲は雨を遙かに超える(2008平成20年9月7日撮影)


「早ぐ乗らねど芋食んねぐなっぞぅ」
バスの発車が待ち遠しい乗客たち。

総合スポーツセンターを発車し、
一路大鍋を目指すシャトルバス。

「雨の中、自転車で河原まで行ぐ気だべが」
バスの窓から見える人は、みんな河原を目指しているように感じてしまう。

「んだら、たらふく食べでけらっしゃい」
と降り掛けに言われるような気がした。
運転手さんは芋煮も食べずに、総合スポーツセンターと河原を何往復するのだろう。

バスを降り立ち出迎えてくれたのは、雨の滴をまとったコスモスだった。

「傘は年しょてがら差すものよ」
若い者は長いものに巻かれろ主義で、同時に白いタオルに巻かれろ主義でもあった。

「おらだが濡っででも誰も構てけね。皆急ぎ足で鍋さ向がて行ぐ」
山形人は腹ば満たすごどで頭いっぱいなのよ。しょうないんだ今日ばっかりは」
草花は歩道にはみ出し、次々行き過ぎる山形人を見つめる。

「このネジば締めっどいいんだっす」
「頭のネジはゆるんでいねがよ」
自衛隊の方々も、市民サービスの準備に余念がない。

雨が喉に入ってむせてしまう拡声器。

「あっちゃあべ」
「そっちゃあべ」
意見が合わず、迷路に入り込む二人?

雨に霞む山形盆地で、迷いもなく最上川を目指す馬見ヶ崎川。

双月橋から上流をぼんやり眺める。
今日の河原はビニール傘にくっついた雨粒より、山形人の方が遙かに多い。

ドードーと唸り続ける河原を、色とりどりの傘が危なっかしく揺れる。

「新聞紙がズダズダて破っでしまうぅ」
新聞は読むもので、被るものじゃないのに破れかぶれ。

「クルクル回すど雨ふっとんで行ぐ」
傘は駒を逆さにしたような形だから、どうしても回してみたくなる。

上から降る雨は防げても、
地面からのぐちょぐちょは傘がいくらあっても防ぎようがない。

「仙台だど豚肉で味噌味なんだげんとなぁ」
「おだぐどは違うんです!」

「いや〜今年は雨さ祟らっで、しゃますさんなねぇ」
「雨で味薄ぐなんべがねぇ」
大鍋を見守る表情も曇りがち。

直径1メートルほどの小さな傘の空間から、直径6メートルの大鍋をじっと見つめる。

食欲をそそる匂いが鼻をくすぐってくる。
思わず傘を握る手に力が入る。

「ばあちゃんも入て来い」
「やんだぁ。便所虫みだいに丸こぐなてぇ」

男は背中で山形への熱き思いを語っている。

「ボンボンくべろ〜。空の雨ばも退散させろ〜」

「万が一の時は、おまえが先だがらな」
「やんだ、おまえ先だべぇ」
お互い譲り合い、隅っこに寄っていく消火器。

「なにしろ今年は五万食だがらよ〜」
「山形の胃袋はでっかいもんだぁ」

「準備万端怠りないっす。腕がもげでも盛り続ける覚悟だっす。」
「腹がキュルルーッて鳴たげんと、腹減ったせいんねがら。気合い入たせいだがら。」

「腰入れでぇ、せーのぅ!」
鍋は黙って大口を開けるだけ。

「こいづが今年の一番鍋だがら!」
緊張でみんなの目は釘付け。

「ぎっつぐ握て離すなよ」
「誰の手ば?」
「カメラば」

「いよいよ鍋の蓋開がっぞ〜!ゴックン」

大型柄杓?が高々と空へ持ち上げられた。

クレーンのワイヤーがピーンと張り、見守る人々の食欲がピークに達する。

行き場を失っていた湯気がモウモウと立ち上り、曇天の空へ同化してゆく。

天空へ舞い上がる蓋。
山形人は感嘆の声を上げ、開いた口をふさがずに見守る。

少しばかり顔を出した太陽が、隠れてしまうくらい巨大な蓋が空を舞う。

空中遊泳で人々を魅了した蓋はあっという間に出番を終え、人々の興味は瞬く間に大鍋へ移る。

行列の中から川の流れをチラチラ見ながらも、心はまっすぐ大鍋一筋。

なんだ今日の騒々しさは?
小さな雑草が目を覚まし、不思議そうに眺める対岸の煙。

「お、太陽が顔出したどれ」
大鍋の熱を避けるように、上空の雲がほんのひととき逃げ出した。

これだけ多くの照る照る坊主がぶら下がっていれば、さすがの太陽も顔を出してくれる。
「え?単なる重し?んだら顔ば描がんなねべぇ」

「雨も止んだみだいだし、そろそろ橋の下から出ねがぁ」
「んだずね、明るい方さ行ってみっか」
青年は箸を止め、おもしゃそうな方向へ本能的に首を向ける。

山形に馬見ヶ崎川がある限り、芋煮会が絶えることはあり得ない。

毎年来てる人には分かるが、河原の土手がリニューアルして綺麗になった。
「え?ほだな事はどうでもいい。早く食せろてが!」
人々は土手なぞ見向きもせず大鍋を目指す。

橋の上も下も大混雑で、上を下への大騒ぎ。

転げ回るほど芋煮が食いたい。

「芋煮食て満足したがら、こんどはソバ食て、その後はラフランスが」
「山形の食欲の秋は始またばっかりっだなぁ」
山形人の貪欲さに舌を巻き、自転車に絡みつく傘。

「今から行っても大丈夫だべが?」
「今年は五万食だがら大丈夫だべ」
通り過ぎる親子の会話を聞いて、花びらは何気なくつぶやく。
「人口減ってる山形県が、今日だけは増えでる気がする」

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