◆[西川町]岩根沢・沼の平 冬待ちの山里(2008平成20年10月5日撮影)


国道112号から脇道に逸れ、しばらく山道を走る。
暗いトンネルから抜け出て、パッと視界が開けるように、忽然と集落が現れる。

歩みを進めるたびに、国指定重要文化財の月山出羽湯殿山三神社が、人々を威圧するような迫力で目前に迫ってくる。

「町さな行がねったて、山の幸がいっぱいあんべず」
「山の幸なんか、みな熊が食たはぁ」

「雪降るには、まだちょっと早いべ」
花びらはまだ余裕の風情で道ばたに咲く。

国道112号を外れてこの村へ到着するまで、一台の車ともすれ違わなかった。
そんな村にこれほどの威容を誇る神社と参道の街並み。山形はまだまだ奥が深い。

風も止み太陽も顔を出さない。暑くもなく寒くもない。
神社前をトロトロと軽トラが過ぎる。

柔な心なんか押しつぶしてしまいそうな力を感じ、じっと対峙するのが憚られる。

「ダァー!」
「びっくりさせんなずぅ」
目をむき大口を開けた姿で背後からいきなり声をかけられたら、
腰が抜けそうになる。

「亀は柄杓ば盗まんねようにするための番人なんだか?」
甲羅を光らせ、じっと水面を見守る亀。

黄色く色づく前の銀杏の葉っぱは、黒光りする屋根をどのように滑り降りるか、
今のうちからシミュレーションに余念がない。

ソヨとも吹かない風。注連縄はまんじりともせず、緊張の糸を張っていなければならない。

「もうちょっとただねど銀杏も黄色ぐならねもなぁ」
こだな中途半端な時来てぇ、
という意味だったのかと後から気づく鈍い頭。

「歓迎出羽三山」の幟は、
次の出番がいつなんだろうと、窓辺に張り付いて外をうかがう。

赤らんだ実は、唇をすぼめて秋の気配をチューチュー吸っている。

ヘアピンカーブが、秋の草花をギュッと挟んで離さない。

「せっかく咲いだんだがら、秋だはぁて言わっでも困んだずねぇ」
花びらはフッと甘い息を柱に吹きかけてしなだれかかる。
直立不動の柱は緊張のあまり、体が割れてピキピキと音を立てる。
遠くから軽トラが事の成り行きを興味津々で見守っている。

「カメムシんねべねぇ。臭いのはゴメンだがらぁ」
うごめく虫に過敏な反応を示す青い花びら。

「もさもさおがてぇ、食いだでなんねべぇ」
「日本は自給率低いんだがら、おらだがおがらねど困んのよ」

このあたりの消火栓には、みなドラム缶が被さっている。
おそらくドラム缶は雪避けなんだろう。
あと数ヶ月後には、いったい何メートルの雪が積もるのだろう。

「くたびれんのやんだっす。」
消火栓の看板は体をすぼめ、傘お化けのようになって体力の温存を図っている。

稻藁の影からちょいと黄色い顔を出し、
夏の申し子は、もうお呼びじゃないずねと顔を引っ込める。

あまりにクリアな鏡面。
溌剌とした気概がツルツルの肌から伝わってくる。

「おまえが先に萎れろずぅ」
「まだ咲いっだんだがら余計なお世話だずぅ」
急速に訪れた秋に、ひまわりは右往左往して、土に還る順番を決めている。

「そろそろ役目も終わりだべはぁ」
「誰も水欲しいなてやねぐなたしねぇ」
如雨露はゆっっくりとバケツに浸かって、繁忙期の夏を思い出す。

雨でも降りそうな雲行きに、それでも太陽を信じて希望の蕾を膨らます。

「あの親父、あっちこっちちょろちょろて何してるんだべ」
そっちこっちにカメラを向ける私を、胡散臭いと判断した犬が鋭い目を向けてくる。

「くたびっだがら頭ば垂れでんのんねがら。今年もこだい育ででもらてありがどさまて頭下げっだんだがら」
「実るほど頭ばそっくらがえしている人間さ、爪の垢でも煎じて飲ませらんなねなぁ」

「おだぐさん、体傾いでいね?」
振り向くと、妙に傾いた小屋がこちらを怪訝な顔で眺めている。
「確かに家計は傾いっだげんと・・・」
豪雪地帯のこの辺で、ひと冬持つんだろうかと心配になりながら、そっとその場を後にする。

近代的な岩根沢小学校の校舎を過ぎると、杉林の向こうに沼の平の集落が山に張り付いて広がっていた。

トリトマの花が空に向かって伸びているのを見て、ふと携帯を出して見る。
勿論圏外だろうと疑いもしなかった自分の先入観を反省する。所謂バリサン。三本のアンテナが勢いよく立っている。

ポンプ小屋の向こうを見て欲しい。
青く連なる山を見て、どんだけ標高が高い村なのか理解する。

そろそろ歩くのにも疲れてきた。
坂だらけの小道を、足をカクンカクンしながら降りる。

「冬の準備だがはぁ?」
漬け物石を眺めながら、赤い粒々の言葉をあちこちに散りばめる。

「バスながなが来ねくて、くたびっだずぁ」
柱や板塀・窓枠たちは、体をギシギシいわせて来るべき冬におののく。

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