「アニメから見る時代の欲望」

アニメから見る時代の欲望

2009年1月22日

ショートカット志向にどう立ち向かう?

水島精二監督「機動戦士ガンダム00」(3)

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―― 誰しも、自分を“叩く”相手とは、仲良くなろうとは思わないということですね。

 そう。そして僕は、それを「コミュニケーション」だと誤解しないでね、と言いたいわけです。自分の姿を見せないで、一方通行的なアプローチで相手を批評すること、そのものが悪いわけじゃない。だけど、そのことを持って相手に対し何らかのコミットメントをしたつもりになるなら、それは誤解だよ、ガス抜きで楽しかったかもしれないけれど、何も生み出さないし、変えられないよ、と。

―― 何も知らないから言えること、もありますよね。自分が相手を知り、相手が自分を知ってしまうと、その人の持つバックボーンや事情が分かるから、軽々に批判はできなくなるかもしれない。

 でも、そういう「相手の考え」や「事情」に興味を持ち、知っている相手の意見だからこそ、聞く耳も持てるし、自分の考えを変えようと思うこともできるのではないでしょうか。だから匿名の場じゃないと取れないコミュニケーションというのはありえないと僕は思う。それはコミュニケーションじゃないでしょう。「関係」じゃないんです。

―― 監督が話されている「匿名」というのは、顔や名前を知っていればOK、という意味ではないですね? 会社で言えば、お互いの顔を知っているメンバーであっても、地位や役割などの「社内的な関係」だけで止めておくのであれば、ある意味「匿名」と大差ないかもしれません。

 すくなくとも、なにか世の中にないものを生み出そうという場所では、地位や役割のような「匿名性」は外さないとだめだと思います。ちゃんとお互いに、自分の知識、経験、顔を見せて意見を言い合うことで、皆の思考がうまく回って、より大きな何かを得られることが絶対にある。

 そういう訓練とか関係値が、今の時代は薄いんじゃないかと思います。

自分が信用している人の言葉だから、信用できる

 というのは……現場にいると、自分の言葉が、予想以上に他人に響いているんだなと感じることがあるんですよ。

 ひとつの作品が終わった後で、スタッフに「今回の仕事がうまくいったのは、実は監督にああ言われたことがきっかけだったんですよ」と言われることがあります。でもこちらは言ったことすら覚えてなかったりしてね(笑)。これは僕の言葉に力があるというよりも、互いの関係性が深いから、予想よりも響きがいいんでしょう、きっと。

 逆に、僕も相手の言葉に影響を与えられることがあります。あるとき、親しい間柄であるアニメ制作会社の社長から言われた言葉で、心に引っ掛かったことがあったんですよ。「お前、(絵)コンテうまくないんだから、コンテは人に任せればいいんだよ」みたいなことを言われて(笑)。

 それは僕はコンテを描くなということなのか?と。 それならコンテを描かずに僕のフィルムにしてやろうと頑張ったら、出来上がった作品を観た社長が「君のフィルムになっているじゃない」と。だから、「僕はコンテを描かなくたって自分のフィルムになりますよ」と返したら、「えっ、何それ」って。「だって、社長、僕にコンテを描くなと言ったじゃないですか」「え? そんなこと言ったっけ」って。言った当人は忘れているみたいな(笑)。もうディテールは思い出せないけど、そんなやりとりでした。

 だから恐らく、僕の投げた言葉に対しても、スタッフの中で同じような反応が起こっているんですよ。軽い気持ちで、もうすこしこうした方がいいんじゃない? と言ってみたら、当人にとってはそれがすごく重要に思える指摘だったりして、悩んだ結果、非常にいいものが出てきた、とか。

 それを僕が、無意識に褒めたりするんですよね。おっ、いいじゃない、と。すると、「それは、あのとき監督にこう言われたからで」と返ってくるんです。

―― 何気なく言った言葉が響くのは、その人との関係がうまくいっているからなのでしょうね。

「機動戦士ガンダム00」 水島精二監督

 そうですね。自分が信頼できる人の言葉なら、信用できるじゃないですか。それは、言った人の社会的な立場が偉いかどうかなんてことは全く関係なく、信用できるんですよ。

 「自分がその人を信用している」という信頼だけで、その人の言っていることがすごくいいように取れるし、苦言に対しても素直に耳を傾けられる。そういう信頼関係があると、その人が無自覚に言った発言でも、自分の中に響くことが絶対にあるんですね。

―― 顔を見せない「匿名」は、個人の持っているパーソナリティーを全部切り離してしまっている状態なんですね。だから信頼できない。信頼できない相手だと、その言葉がロジックとしていくら正論でも、相手の胸に響くことがない。

 直接顔を見て知っている人に言ってもらうことで、言葉の精度がぐっと上がる。だからやっぱり顔を向かい合わせて話すのがいいんだと思います。

 もし相手に自分の思いが通じていないなと感じたら、メールで伝えるんじゃなくて、会って話す。

 物事の解決方法って、実は「会って話す」のが一番シンプルで一番いいんだと思いますよ。会うのが無理ならせめて電話。感情まで伝わるものがいいんだと思います。「ショートカットの欲望」に抗するには、「ダイレクトな接続」しかない。ショートカットを求める世の中に、ダイレクトな接続を作品で訴えていくのは、難しい仕事になりますが。

(次回に続く)


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著者プロフィール

渡辺由美子(わたなべ ゆみこ)

1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメ・コミックをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。男性と女性の意識の差を取材した記事も多い。著書に「結婚ってどうよ!?」(岡田斗司夫氏との共著)ほか。


このコラムについて

アニメから見る時代の欲望

アニメーションは、頭の中で望んだことを描き動かすもの。作り手の嗜好を忠実に映像化することができる。そして作り手は、視聴者の欲望をいかに捉えるかに常に腐心している。アニメにこそ、時代の欲望が見えるのではないか? そんな仮説を手に、日々アニメ制作に臨む監督たちにインタビューを申し込んでみた。

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