建築現場の足場から転落して、意識が戻らない男性の話をテレビが報じていた。病院に運び込まれて3日、既に4万元以上(60万円以上)を支払ったと言う。乳飲み子を抱えた彼の若い妻は、「このまま治療を受けさせてあげたいけれど、貯金もなく、もう借りるところもない」と泣いて訴える。治療費を支払えなければ、病院からは追い出されてしまうのだ。
昨年末、深セン市のある病院に、急性リンパ性白血病の赤ちゃんが置き去りにされた。「小龍飛(シャオロンフェイ)」と目がクリっとした愛らしい男の子がニュース番組で取り上げられてから、多くの援助金が寄せられ、「愛心ママ」と呼ばれるボランティアの女性たちが、抱っこしたり世話を焼いたりする様子が連日放送された。
ほどなくして、小龍飛の父親が見つかった。出稼ぎ労働者の夫婦には、治療費を工面することができず、我が子を病院に置きざりにしたのだと、父親は泣き崩れた。あかで薄汚れた顔の父親を、愛心ママたちは少しも責めず、「理解できるわ。お金もこんなに集まったし、もう心配ないでしょう?子どもにとっては親が一番なんだから」と、やさしい言葉をかけていた。
数日後、同じ病院に、また赤ちゃんが置き去りにされた。先天性心臓病を患っている生後1カ月の女の子で、週に2~3万元(約30~45万円)の治療費を払えなかったらしい。
中国の高額な医療費は、1980年代、公立病院に対する財政支援を政府が減らしたことに起因する。国からのサポートが減る分は、薬品の価格や検査料金のアップで補てんすることを政府が認め、病院は利益を優先した経営を行ってきた。非情な病院の対応が、中国全土で闇病院やニセ薬を生んだ。先日行われた『全国医療衛生会議』で、「今後3年、公立病院の改革を一部都市でテスト的に実施する」という陳竺衛生相の発表は、医療に対する不安と不満があふれ出す、ぎりぎりのタイミングだったと思う。
子育てと医療は切っても切れない。病気になっても、ケガをしても、だれもが安心して治療を受けることのできる医療を、中国の人々は今、切実に望んでいる。
武田千夏さんのプロフィール
中国留学中に知り合った韓国人の夫と、ソウル近郊で4年間過ごす。その後、年子の息子2人を連れ、一家で中国深セン市に移住。韓国、中国での暮らしのなかで感じた文化の違いなどについてのエッセーを数々のメディアで執筆している。ブログ「住めば都。中国ほどオモシロイ国はない」では、現地での日々を更新中。
2009年1月21日