◎オバマ大統領就任 「賢者」の国へ舵を切れるか
一国の指導者の就任式がこれほど世界の注目を浴びたことが、かつてどれだけあっただ
ろうか。米大統領に就任したバラク・オバマ氏の一挙手一投足を世界が注視し、歴史的な就任演説に耳を傾けた。未曾有(みぞう)の経済危機を克服する救世主として、またさまざまな閉塞(へいそく)感を打ち破る改革者として、米国初の黒人大統領を見るまなざしはかくも熱い。
もとより超大国を率いる手腕は未知数であり、過大な期待をかけるのは早過ぎる。それ
を承知の上でなお若き指導者に期待せざるを得ないのは、強さを誇示し、力を過信したブッシュ政権のつまずきが鮮烈だからだろう。オバマ大統領がこれまでの演説で示唆してきた通り、米国が「勇者」の国から、「賢者」の国へとうまく舵(かじ)を切ることができるのか、大きな希望とともに見守りたい。
オバマ大統領に課せられた使命は、まず米国発の金融危機に終止符を打ち、米国経済を
回復の軌道に乗せることだ。オバマ大統領は、就任前に三百万人の雇用創出を柱とした景気対策を打ち出し、二年間で七十二兆円を投じる考えを示した。一九二九年の大恐慌を克服するために、ルーズベルト大統領が実施したニューディール政策の再現といえよう。
米国経済の浮上なくして、世界経済の回復は難しい。それだけに日本の政財界からの期
待も高いが、問題は巨額の財政出動を続けると、財政赤字が膨らみ、ドルの信認が揺らぐことだ。保護貿易主義の台頭や一ドル=八〇円の大台を割った一九九五年当時の超円高時代が再現されるような事態が起きぬとも限らない。米国の景気対策は、日本経済にとって、もろ刃の剣にもなりかねないのである。
外交や安全保障の面では、ブッシュ政権時代の「一国主義」から、「多国間協調」への
転換が図られよう。オバマ大統領は、日米同盟についてまだ直接語っていないが、かつてのような日米の蜜月時代はもう二度とあるまい。
むしろ、日本国内の不安定な政治状況が日米同盟の懸念材料となりかねない。日本と中
国の利害が対立する問題が生じた場合、日米同盟が揺らぐ懸念もある。
◎クローン牛は「安全」 流通実現へ課題も多い
石川県をはじめ、全国各地で開発が進められてきた体細胞クローン牛について、内閣府
食品安全委員会の作業部会は、同じ技術を使った豚とともに「食品として安全」とする報告書をまとめた。石川県で世界初の体細胞クローン牛が誕生してから十年が過ぎ、今回の判断は実用化につながる一歩といえるが、現実には肉質のよい牛を大量に安く提供するという当初描かれた生産体制にはほど遠く、クローン牛の表示をめぐる議論も進んでいない。
海外では米食品医薬品局が昨年一月、クローン牛や豚などについて食品としての安全宣
言を発表した。輸入の可能性が出てきたために、日本として安全性評価の判断を迫られた側面もある。世界の動きに合わせ、あらゆる可能性を想定するのはよいとしても、解禁の結論を急ぎすぎて混乱を招けば、せっかくの研究の蓄積が生かされにくくなる。流通実現には課題が多く、消費者に理解を求める取り組みも広げていく必要がある。
県は近畿大との共同研究で一九九八年七月、世界に先駆けて体細胞クローン牛を誕生さ
せた。これが弾みとなり、全国の畜産試験場で研究が進んだ。県はクローン技術が概ね確立されたとして二〇〇六年度で研究を終えた。食品安全委の作業部会はこれらの実績などを総合的に評価し、科学的には安全性に問題ないと結論づけた。
畜産の現場からは、流通させることによって消費者の理解が進むとの見方も出ているが
、体細胞クローン牛が初めて誕生した十年前とは食をめぐる状況が変わってきた。当時は畜産振興の切り札として大きな期待が寄せられたものの、その後、消費者の立場を重視する流れが強まった。生産者サイドの思いがそのまま消費者に受け入れられるとは限らない。
クローン牛の肉や乳の成分が一般の牛と変わらないことが確認される一方で、死産や早
死にする率が高いなど未解明の部分もある。流通が現実味を帯びてくれば、表示方法などさまざまな問題が噴出する可能性がある。ここまで進化させた技術を無駄にしないためにも見切り発車は禁物である。