第四十四代米大統領に民主党のバラク・オバマ氏が、二十日午前(日本時間二十一日未明)、正式に就任する。米国初の黒人大統領の誕生という記念すべき時が迫った。
オバマ氏は、ワシントンの連邦議会議事堂前での就任式典や、祝賀パレードなどに臨む。歴史的な瞬間をともに祝おうと、現地には史上空前の聴衆が詰めかけるという。
米国は厳しい試練の中にある。八年間のブッシュ共和党政権はイラク戦争などでの単独主義や、世界に広げた経済危機によって超大国としての威信を失墜させた。米国内だけでなく閉塞(へいそく)感は世界に及んでいる。
熱狂的な歓迎は、米国や世界の人々が「変革」を掲げる若き指導者に、再生と未来への夢を託す切実な願いの表れといえよう。華やかな祝賀の先には難題が次々と待ち構える。展望を切り開けるか、手腕が問われる。
重い震源の責任
オバマ氏はペンシルベニア州フィラデルフィアから特別列車で首都入りするなど、敬愛するリンカーン元大統領を意識し演出した。南北戦争の分裂の危機から米国の統一を守ったリンカーンになぞらえ、人種や思想、党派を超えた一体感で難局に挑もうとのメッセージである。
閣僚の顔ぶれにも意気込みが見てとれる。民主党の大統領候補指名を争ったヒラリー・クリントン氏を国務長官に、国防長官にはブッシュ政権時から引き続きロバート・ゲーツ氏を起用するなど広く有能な人材をそろえた。
直面する喫緊の課題は経済危機への対処である。景気後退から脱するため、米議会民主党は大型減税と大規模な公共事業を柱とする総額八千二百五十億ドル(約七十三兆五千億円)の景気対策法案をまとめた。最大四百万人の雇用創出を目指す。
オバマ氏が雇用創出の切り札として打ち出したのが「グリーン・ニューディール」構想だ。地球温暖化対策と景気刺激策を両立させる。時代の要請に沿うものだが、効果は不透明ともいわれるだけに工夫が必要だ。米国は世界的な経済危機の震源地であり、再生へ導く責任は重い。
多国間協調軸に
ブッシュ外交は、イラク戦争などに見られるように強大な軍事力や経済力を背景に「敵か味方か」を迫るものだった。国際社会とのあつれきを意に介さない強引な手法は、「カウボーイ外交」「一国主義」などとも呼ばれ反米感情を高めた。
オバマ政権の外交方針は、その否定に基本を置く。クリントン氏は「スマート(賢い)パワー」を挙げる。軍事力や経済力というハードパワーに、文化や価値観で影響力を及ぼすソフトパワーを組み合わせて諸課題に対処していくものである。アフガン情勢などが試金石となろう。
いまや、環境問題や感染症、経済など一国だけでは対処できない課題が山積している。オバマ氏は、ブッシュ政権下で消極的だった地球温暖化対策、さらには核兵器廃絶などにも積極的に取り組む意欲を示している。最大の温室効果ガス排出国であり、最大の核大国だけに、米国が率先して軌道を修正する意義は大きい。その実践こそが、価値ある変革となろう。
主張する関係へ
共和党から民主党に政権が移るのに伴い、日本側には日米関係への影響を懸念する声も聞かれる。中国重視による「ジャパン・パッシング(日本軽視)」が再燃しないか、頭越しに北朝鮮と交渉を進めないかなどである。
日米同盟についてクリントン氏は「アジア・太平洋地域の平和と繁栄を維持する上で不可欠な米国のアジア政策の礎石」と重要性を強調した。だが、オバマ政権が置かれる状況次第で先行きは不透明だ。
日米同盟の重要性はいうまでもないが、その在り方は再考の余地がある。対米追従ではなく、主張すべきは主張する関係の構築だ。同時に、オバマ氏は安全保障だけでなく地球規模の幅広い協調を視野に入れているという。それこそ日本にとって歓迎すべきものであろう。
就任式典でオバマ氏が米国民や世界にどう呼びかけ、歴史的な一歩を踏み出すか。メッセージとともに、着実な歩みによる「変革」の醍醐味(だいごみ)を実感させてほしい。