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毎日芸術賞の人々:/2 尾上菊五郎さん/永井路子さん

 ■尾上菊五郎さん--演劇・邦舞部門

 ◆「小町村芝居正月」や「魚屋宗五郎」の成果

 ◇繊細にして大胆に演技

 「評判が良ければ良いほど、得意な役であればあるほど、次に演じる時に怖くなります」

 芸歴は60年を超す。「白浪五人男」の弁天小僧、「魚屋宗五郎」の宗五郎、「雪(ゆきの)暮夜(ゆうべ)入谷畦道(いりやのあぜみち)」の直次郎。円熟期を迎え、あたり役はさらに磨きをかけられ、昨年の舞台で披露された。受賞理由のひとつだ。

 「臆病(おくびょう)になるわけじゃないが、本当にお客様が喜んでくれているのかと自分の演技に対して猜疑心(さいぎしん)が出てきます」

 克服するためには努力あるのみ。含羞(がんしゅう)の人たるこの優が、口にしない2文字だが。「どうしたらお客様に訴えられるか。原作を読み直し、セリフを再検討する。弁天小僧(08年5月)では、役にふさわしくなろうと7、8キロやせた。食べなければいいんです」とさらりと話す。

 演技は繊細にして大胆。例えば「入谷」。直次郎は、目の不自由な丈賀に雪がかからないように、そっと傘を差し掛ける。優しみが感じられる動きだ。

 「役者は繊細でないと無理です。緻密(ちみつ)に考え、それを超越して演技で出す。自分の体の中で消化して大胆に見せるんです」

 もうひとつの受賞理由が国立劇場での復活上演だ。昨年正月の「小町村芝居正月」で8作目。「六歌仙」の世界と惟喬(これたか)、惟仁(これひと)両親王の皇位をめぐる争いに題材を取り、最後は「暫(しばらく)」で終わる趣向に富んだ作品だ。

 「最初は手探り。一遍原作に戻して取捨選択する。話の筋を通すことを心がけます。お客様に楽しんでいただけるか。初日が開くまではいつも不安です」

 舞台げいこには必ず妻の富司純子さんに来てもらう。「一観客として感想を言ってくれる。素人の意見が大切です。『面白い』と言われるとほっとする。指摘をされることもありますよ」

 復活には自身が率いる尾上菊五郎劇団が力を発揮する。「『自由な発想を持って面白くしろ』と言っています。劇団は音楽部も立師(たてし)も強い。立師が一生懸命だから、とんぼを返る連中も頑張るんです」【小玉祥子】

 ■永井路子さん--文学1部門(小説・評論など)

 ◆「岩倉具視--言葉の皮を剥きながら」(文芸春秋)

 ◇構想40年「最後の作品」

 『炎環』(1964年)で直木賞を受賞した時、これから何を書きたいかと問われて「岩倉具視」と答えた。以来40年余り、史料を集め、岩倉具視の子孫に会い、昨年3月に結実させた。

 「直木賞のすぐ後に書けば、ありきたりな具視しか書けなかったと思う。ずっと史料は読んでいましたが、同じ史料でも問いかけるものが違ってきた感じがした。最後にやっぱり書かなきゃって思った」

 あとがきには<とにかく、これを抱えつづけることで私は死なずに生きてきた、ともいえる>と記した。

 通史を疑い、独特の歴史観で幕末から明治への流れをとらえ直す。徳川慶喜も大久保利通も孝明天皇も登場するが、軸に置いたのは岩倉具視。下級公家の出身ながら明治政府の中枢に上り詰めたものの、常に「謀略家」のイメージがつきまとう。

 「戦争中の教育の経験から、一人の英雄で歴史は動かないと思っていました。いろんな人が引っ張り合って、歴史は動くのに、明治維新も幕府と薩長だけ。全く朝廷に力がなかったように歴史を見るのはどうか。書くなら岩倉かなと思った」

 岩倉の、そして明治維新の実像を、冷静な視線で検証していく。随想とも小説とも評伝とも呼べない、独自のスタイル。副題の「言葉の皮を剥(む)きながら」が示すように、「尊皇攘夷」「王政復古」といった聞きなれた言葉がまとう、<虚偽の衣装>を剥(は)いで、通史を見直す。

 永井さんの歴史観を裏打ちするのは膨大な史料の読み込みだ。「積み重ねて読んで、書くときには全部捨てないといけない。うまく捨てられないと、史料に足を引っ張られる」

 小学館に在籍していた52年、『サンデー毎日』の懸賞小説に入選した。現在83歳。古代から現代まで、幅広く歴史の真相に迫り続けた。『岩倉具視』について「最後の作品のつもり。最後に書けて良かった」とほほ笑んだ。【棚部秀行】=つづく

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 ■人物略歴

 ◇おのえ・きくごろう

 歌舞伎俳優。1942年生まれ

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 ■人物略歴

 ◇ながい・みちこ

 小説家。1925年生まれ

毎日新聞 2009年1月19日 東京夕刊

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