処分だけでは済まされない
さて、N氏の今後の処遇については、人事部や上司である支店長などが検討しました。N氏本人が流出させたわけではないものの、無罪放免では済みません。社会が納得するであろうとして、依願退職という形になりました。しかし、N氏は50代です。この状況下では、簡単には就職口が見つかりません。退職金が支払われましたが、定年退職を目前にしていたN氏にとっては本当に辛いことでした。
事件はあまりも社会的影響が大きく、通常なら人事部が再就職先の仲介をするのですが、それも全くありませんでした。たまに面接までに至っても、事件のことを明らかにするとほぼ100%「不採用」の返信が来るという状況でした。やっとのことで銀行時代に懇意にしていた企業の経営者からの紹介で、警備会社に就職できましたが、収入は銀行員時代の3割に届くかどうかというほどに減ってしまったのです。
それでも就職口があるだけましと考えましたが、勤務時間が夕方から早朝までという不規則な生活を強いられ、50代になって今まで経験したこともない生活のために、体の苦痛も想像以上のものでした。昼間は自宅にこもるようになったことで、長男とも頻繁に顔を合わせる環境になりました。最初はN氏も我慢していましたが、体も心も疲れ切ったある日、取っ組み合いのけんかになりました。それがきっかっけで、長男は大学を中退して地方へ住み込みの仕事をしに出て行きました。
しかし、坂道を転がるようにさらに事態は悪い方向へ進むもので、次は夫人との仲が険悪になってしまったのです。生活水準をぎりぎりまで切り詰める状況に嫌気が差したのでしょうか。夫人とはその1年後に協議離婚となりました。多少出世が遅れたとはいえ、高額な収入を手にしていた「副支店長」という生活水準を大幅に下げざるを得ず、夫人には耐えられなかったようです。
今ではN氏は独り身になり、もうすぐ60歳を迎えます。日々アパートで細々と炊事や洗濯、掃除などをすべて一人でしては、深夜に仕事へ就いています。
Winny中毒にならないために、抜け出すために
わたしは、Winnyの挙動が管理されないものであることから非常に危険な存在だと警告し続けてきました。仮に興味本位で使っても、その時点で違法コピーの流通などに加担する「共犯者」になっているといっても過言ではないのです。しかし、Winny中毒者は会社がどのような指導しても、頭では理解しながら操作をやめません。「使いません」と宣約書を提出しても、社則で禁止してもやめず、何とか「実行できる環境」を作り出すことに精を出します。
そこには、「もしウイルスに感染し、漏えい事件でも起きたら……」という認識が全くありません。そのような報道を見ても、「自分には関係ない」「自分は大丈夫だ」「対策しているから平気だ」と、極めてあいまいな自信を主張します。第三者の目でみると、本当に怖いものです。中毒者のいる職場は、彼らの挙動だけで大騒ぎになったり、潰れたりする可能性があるのです。実際2008年には、Winnyによる情報漏えい事件が原因で倒産した会社も出てきました。
Winny中毒者は、「上映中の映画がタダで観られる」「欲しかったアニメが全話ネットで鑑賞できる」「他人が流出させた情報をのぞき見するのが快感」「通常は見られない、わいせつな画像が入手できる」といった、極めて個人的な欲望に取りつかれているようです。Winnyに関心を持つ人は、このような甘い蜜とその相反する危険性(情報漏えいの果ての解雇、情報の意図しない拡散、離婚や別居……)を考慮した上で、使いたいと思い続けることができるでしょうか。
さらに、情報漏えい事件が引き金となって離婚した夫婦も数多くいます。離婚訴訟では非常に不利となり、多額の慰謝料や養育費を支払うことになるだけでなく、家族(子供たちも含め)や友人たちからは、軽蔑の眼差しを向けられ続けるようになってしまいます。
世の中には、正しく使われているファイル交換ソフトウェアもあります。ファイル交換ソフトウェアを使いたいのであれば、これらを活用すべきではないしょうか。万一の事態に遭遇してしまってからでは、どんな後悔をしても遅いのです。Winny中毒者の人も、その意識を自らが少しでも変えていくことで、確実に中毒から抜け出せるはずです。
萩原栄幸
ネットエージェント取締役。コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、NPOデジタル・フォレンジック研究会理事、日本セキュリティ・マネジメント学会理事、ネット情報セキュリティ研究会技術調査部長、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格した実績も持つ。
情報セキュリティに関する講演や執筆を精力的にこなし、情報セキュリティに悩む個人や企業からの相談を受ける「情報セキュリティ110番」を運営。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。
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