船橋洋一の世界ブリーフィング

船橋洋一顔写真

No.794 [ 週刊朝日2006年7月14日号 ]

スタンド・バイ・コイズミに、米国人は早くもノスタルジアを感じている

 小泉純一郎首相を迎えて、ホワイトハウスで行われたステート・ディナー(注1)に夫婦で招かれた。

 首相は、この日の朝のホワイトハウスのサウス・ローンでの歓迎式典、午前の日米首脳会談、チェイニー副大統領主催の昼食会、午後、アーリントン墓地献花と日程をこなし、晩餐会に臨んだ。

 晩餐会前のレセプションに行くと、まだ十数名ほど。ボーイが赤ワイン、白ワイン、ドライシェリーなどとともに大きなお猪口に入った日本酒のトレイを掲げて寄ってきた。お酒をいただくことにする。

 すでに来ていたクリス・ヒル国務次官補(アジア太平洋担当)と北朝鮮の核問題について話をしていたら、ドナルド・ラムズフェルド国防長官が入ってきた。

「45分の首脳2人だけの会談が、45分延びた。こちらの出番はなし。だが、首脳会談は閣僚の出番がないのが一番だ。あの2人はよほど気が合うみたい」と言って、笑った。

 やはり北朝鮮のミサイルの話になった。この種の社交の場での政策的な話は書かないことになっているので内容は紹介できないが、長官が厳しい認識を持っていることはわかった。

 晩餐会が始まった。

 それぞれのテーブルでの会話をいかに弾ませるか。ホワイトハウスの社交担当の腕の見せどころである。守屋武昌防衛事務次官は、ラムズフェルド国防長官と中に一人挟んで着席、といった具合だ。日本の防衛事務次官がホワイトハウスのステート・ディナーに招かれたのは戦後、初めてのことだという。

 私たちのテーブルは、私の右に一人挟んでスティーブ・ハドレー大統領補佐官(国家安全保障担当)、左隣がカントリー&ウエスタンのフィドル奏者でミズーリ州ブランソンで大劇場を経営するショージ・タブチ氏、その左隣がワシントンでコンサルタント会社を経営している共和党有力者のロイ・ファウチ氏ら全部で8人。この日のディナーの招待客は100人ほどである。

 メニューは以下のとおり。

 Maryland She Crab Soup

 Texas Kobe Beef

 Jicama-Cucumber Chiffo-nade

 デザートは、

 A Bonsai Garden(Almond Parfait-Kumquat-Stuffed Cherries)

 Kumquatはキンカンである。

 ワインは、白が、Clos Pegase Char-donnay“Mitsuko’s Vineyard”2004

 赤が、Ridge Zinfandel“Lytton Springs”2004

 テキサス・神戸ビーフの柔らかくておいしいこと。

 ナイフを使わずフォークだけで分けている人もいる。

「テキサス・コーベってあるけど、これ、ワギュー(和牛)なの」

 といった声が出るが、誰も、しかとは答えられない。

 日米牛肉摩擦(注2)も今度の小泉訪米を前にようやく決着したが、このテキサス・神戸ビーフも、これなら日本に出せます、お任せください、というデモンストレーションなのだろうか(全米肉牛生産者協会のマイク・ジョン会長とも食事後、立ち話をした)。

 首相の挨拶は、十八番(おはこ)のゲーリー・クーパーの話がまたまた出てきた。「彼は悪漢4人を相手にたった一人で戦ったが、いま、米国は同盟国がいる。日本はいつも米国と一緒だ(stand by)。そのことを覚えておいていただきたい」と大見えを切った。

 stand byの言葉のところで、私の隣の女性が大きくうなずき、「あの首相の言葉に感謝します」と言った。

 ディナー終了後、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)幹部のご夫人が「いま、米国は世界中から嫌われているし、ブッシュ政権は批判ばかりされている。あんな心強い言葉を外国の首脳から聞いたのはいつ以来だろうかと思い、思わず胸が熱くなりました。それも、本当に心からの言葉だったでしょう」と言った。

 ブッシュ大統領の小泉首相に対する気遣いと気配りはそれは大変なものだった。

 日本の首相が米国の大統領とこのように強い個人的絆を結んだ例は珍しい。1980年代の中曽根康弘首相とロナルド・レーガン大統領の「ロン・ヤス」関係も堅固だった。大平正芳首相とジミー・カーター大統領は心が通い合った。小渕恵三首相とビル・クリントン大統領も尻上がりによくなった。

 コイズミ・ブッシュ、ロン・ヤスに共通する要因は何だろうか。

▽ほぼ同時に政権を担当するかどうか。デビュー時期をほぼ同じくすると、これから一緒に新たにやっていこうという仲間意識を持ちやすい(特に、コイズミ・ブッシュの場合)。

▽米大統領が2期担当するかどうか。米国大統領に日本を理解してもらうのはなかなか難しい。ただ、2期8年担当すると、日本との同盟の重要性がわかってくる(例えばクリントンの場合)。

▽理念(イデオロギー)と脅威感を共有するかどうか。ロン・ヤスは、経済自由主義(小さな政府・民営化)、対ソ戦略で響き合った。コイズミ・ブッシュは、反テロで結束を固めた。

▽大使の存在。ロン・ヤスはマンスフィールド米大使の存在と議会人脈が支えた。コイズミ・ブッシュは、ハワード・ベーカー米大使と加藤良三駐米大使の力量と信用によるところが大きい。

 晩餐会の後、別の部屋に移り、余興の時間となった。

 ブライアン・セッツァー・オーケストラのロック演奏である。1980年代、ストレイ・キャッツのリード・ボーカルを務めた。プレスリーのブルー・スエード・シューズがよかった。

 飛び入りで、ショージ・タブチ氏がフィドルを手に、ステージに上がった。ブライアン・セッツァーがエレキギターで伴奏だ。

 ブルーグラスの名曲、Boil'em Cabbage Downを弾くと、ブッシュ大統領以下、みな手拍子と相成った。ブッシュの選挙参謀、カール・ローブ氏など手拍子しながら、体を揺るがしている。ヤンヤの喝采である。

 誰もが、楽しかったね、と話しながら、ホワイトハウスを出た。2人は、明日は、エアフォース・ワンで、メンフィス・テネシーに行く。グレースランド詣でである。

 小泉訪米は、将来の日米関係の見取り図を描くというより、日米の絆の確かさを確かめ合った旅となった観がある。未来(21世紀)より過去(20世紀後半)を振り返り、納得して終わった趣がある。

 だが、小泉首相は今回、米国人の心にしみ入る俳句サウンドバイトを吐いた。

 stand by

 その一言である。

 一緒にいる、支える、忠誠を尽くす、といった意味である。

 スタンド・バイ・コイズミ

 ゲストの米国人たちは、早くもコイズミ・ノスタルジアを感じているようだった。

 ●歴代首相 訪米公式晩餐会

  1965年  佐藤栄作  ジョンソン

  1967年  佐藤栄作  ジョンソン

  1969年  佐藤栄作  ニクソン

  1973年  田中角栄  ニクソン

  1975年  三木武夫  フォード

  1977年  福田赳夫  カーター

  1979年  大平正芳  カーター

  1981年  鈴木善幸  レーガン

  1987年  中曽根康弘 レーガン

  1999年  小渕恵三  クリントン

  2006年  小泉純一郎 ブッシュ


注1 ホワイトハウスが主催する公式晩餐会。小泉氏を含め歴代首相9人が招かれた(表)。

注2 米国産牛肉は、食肉処理施設を日本側が事前査察することなどを条件に、輸入を再開することで日米が合意した。