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 奈良女児誘拐殺害事件
ロリコン殺人鬼小林薫容疑者 「狂気の36年」
「野放しでいいのか性犯罪者」



 発生から約1ヵ月半―。この残虐非道な事件の容疑者として逮捕されたのは、筋金入りのロリコン男だった。幼女に対する性犯罪で過去2回も逮捕され、奈良県警の取り調べには「女の子なら誰でもよかった」と悪びれずに答える。こんな男が10年以上も野放しになっていたのだ。

「今思えば、おかしな点はあったねえ」

 殺害された奈良市の小学1年生、有山楓ちゃん(7=当時)に対するわいせつ目的誘拐容疑で逮捕された元毎日新聞販売所従業員、小林薫容疑者(36)が何度か訪れていたスナックのママは振り返る。昨年12月25日、クリスマスのことだったという。

「たまたま、目付きの鋭い刑事みたいな感じのお客さんが入って来はったんです。そしたら、あの人は急に態度が変わって、オドオドしたような感じになった。カウンターでじーっと下向いて、固まってしまってね」

 その日午後9時ごろ、一人で来店した小林容疑者は「楓ちゃんや」と、ママに自分の携帯電話の画像を見せた。裸の少女があおむけになっていた。「インターネットから送られてきたんや」と言ったという。

 カラオケも歌った。
「美空ひばりの『関東春雨傘』がえらい上手やったんで、2番から私がデュエットしたのを覚えてます。若い人の歌から演歌まで、驚くくらい歌を知ってて、どれも上手に歌ってましたね」(前出・ママ)

 小林容疑者がこのスナックに来るようになったのは12月中旬。近くの居酒屋の紹介だった。いつも一人で、午後9時ごろから午前0時ごろまでいた。時々ホステスと話をしたり、カラオケを歌ったりする以外は、たいてい携帯をいじっていた。

「話し方は普通やったけど目付きが変でした。一見さんやったらお断りしてました」(同)

 美空ひばりを熱唱し、平然と遺体の写真を他人に堂々と見せびらかす。そして、楓ちゃんの親に「娘はもらった」と携帯メールまで送りつける。その一方で、刑事風の男にはビクついていた小林容疑者――。

 その分裂した異常行動が、この男の36年間の「狂気」を物語っているかのようだ。

 捜査線上に小林容疑者が浮かんだのはまさに、その頃だった。

 同僚にも見せていたという遺体写真は、小林容疑者が楓ちゃんの携帯から自分の携帯(知人名義)に転送したものだったが、その転送時の発信記録が小林容疑者を特定する決め手の一つになった。自ら墓穴を掘っていたのだ。

 奈良県警の捜査本部は12月30日、小林容疑者を逮捕すると同時に部屋を家宅捜索したところ、楓ちゃんの携帯やランドセルなどの証拠品が見つかった。それだけではない。

   ◇「大人の女性に相手にされず…」

「少女ポルノのビデオ80〜100本、少女の下着や衣類が約80枚、ダッチワイフもあった」(捜査関係者)

 小林容疑者は少女の下着類を「盗んだ」と供述しているという。

 ちなみに、パソコンは見つかっていない。携帯電話のサイト専門だったようだ。今回、カメラ付き携帯やメールが使われたために、事件の「時代性」がクローズアップされた。しかし、小林容疑者は携帯がない時代から似たような犯罪を繰り返していたのである。

 20歳だった1989年4月、大阪府箕面市で幼稚園児ら8人の幼女に性的いたずらをしたとして強制わいせつ罪で起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。当時、『毎日新聞』はこう報じている。

「ツクシ採りをしていた幼稚園児、A子ちゃん(5)に『こっちにたくさんあるよ』と団地の給水塔の裏に誘い、いたずらした」

「小林の自宅にロリコンビデオや雑誌があったことから追及したところ『大人の女性に相手にされず、目のくりっとしたかわいい女の子にいたずらしたくなった』と犯行を認めた」

 そして2年後の91年7月。

 今度は大阪市住吉区の公団住宅で、やはり5歳の女の子に抱きつき、抵抗されたために首を絞めたところを住民に見つかり、取り押さえられた。殺人未遂罪で起訴され、3年の実刑判決。今回と同じ悲惨な殺人になりかねない事件だったのだ。

「その時にも新聞やテレビに出たもんやから、近所で噂になったんです。で、今度の事件でしょ。びっくりしたけど『あの子ならやってもおかしくないな』と妙に納得したんですわ」

 小林容疑者の実家近くの住人はそう言う。懲役を終えて10年以上、小林容疑者はその危険な性質を抱えたまま、まさに「野放し」になっていたのだ。

「小さい頃は普通の子やったんですよ。近所の子たちとも一緒に遊んで。やっぱりお母さんが亡くなったのがきっかけやったんでしょうね」(前出の住人)

 小林容疑者は大阪市住吉区で生まれた。長屋形式の古い木造住宅が目立つ住宅地だ。実家は燃料店。男ばかりの3人兄弟の長男だった。小学4年生だった78年に難産が原因で母親が死去。その時に生まれた末弟に重度の障害が残った。以降、中学卒業まで兄弟と父親、祖母の5人暮らしだった。

 小林容疑者は小学校の卒業文集に母親が亡くなったことについて、「5時間以上泣いた」と記している。

 別の近所の住人が話す。

「お母さんが亡くなってから、お父さんは子育てをほとんどおばあちゃんに任せ切りにしてました。でもおばあちゃんは一番下の子に付きっきり。結果的に薫はほっとかれた感じやった」

 学校でも孤立していた。中学時代の担任教師は言う。

「誰も友達がいなかったようです。目立たん子でした。それだけにショックで。言葉もありません……」

 中学時代の卒業アルバムには、クラスメートからポツンと離れた位置にそっぽを向いたような姿が描かれている。

 大阪府豊中市の私立高を卒業後、小林容疑者は一時期トラック運転手などをしていたが、ほとんどは新聞販売店に勤めていた。毎日だけでなく、朝日、読売、産経の各新聞販売店を転々としたが、購読契約を偽造したり、店のカネを持ち逃げするなど問題が多く、長く居着くことはなかった。

 不幸な生い立ちが歪んだ欲望を育てたのだろうか。

 しかし、家裁調査官出身の森武夫・専修大学名誉教授(犯罪心理学)は、こう指摘する。

「性的な問題は必ずしも成育歴とは関係ありません」

 森名誉教授は続ける。

「一つは先天的な資質。または幼少期に受けた性的にショッキングな体験が心的外傷となって引き起こされることもある。ただ、そうした体験は父母にさえ分からないことが多い。本人と一対一で面接調査をしないと解明できないでしょう」

 そして、小林容疑者のタイプをこう分析する。

「他人と対等な関係を結べない。深い人間関係が必要ない職業を選んでいるのもそのためでしょう。異常性格の類型の一つであり、宮崎勤被告に近いと考えられます。ただ、宮崎被告ほど複雑な人格ではないでしょう」

 性犯罪を起こすこうした性質を「矯正」することは可能なのだろうか。

   ◇「性犯罪者は治療して監督を」

 小林容疑者が勤務していた販売所近くのニュータウンで、4歳の女の子を孫に持つ主婦(61)が言う。

「ああいう人はほかにもたくさんいてるわけでしょ。でも、刑務所に入っても、懲役が終わればそれっきり。それが一番の問題やと思う。性犯罪者はちゃんと治療して、その後もずっと誰かが監督をする。そうしてもらわんと心配でたまりません」

 ただ、森名誉教授はこう指摘する。

「性犯罪者を治すのは、本質的には難しい。さまざまな方法が試みられていますが、完璧なものはないのが実情です。釈放された前歴者については、保護司と警察が連携するなどの対応策が必要かもしれません」

 となると、性犯罪者から子供をどう守っていくかも大事なポイントになる。

「富雄には昔から地域で子供を大事にする伝統があった。それなのに事件が起きて残念でなりません」

 そう話すのは、楓ちゃんの通っていた奈良市立富雄北小学校周辺の自治会を束ねる富雄地区自治連合会の馬場徹会長(72)だ。

 同連合会では、01年の大阪教育大学付属池田小学校の殺傷事件をきっかけに、各自治会役員が自宅の前に出て児童を見守る活動をしたり、昨夏には約3900世帯から50円ずつ集めて学校の敷地に「監視小屋」を建てるなど、県内でも自治会活動が活発な地域だった。

 事件後に始まった富雄北小の集団登下校も自治会主導で実現し、3学期が始まっても継続する予定という。親や住民が児童に毎日付き添う集団登下校は「負担が重すぎる」と住民から異論も出ているが、馬場会長はこう話す。

「階が違えば顔も知らんかったようなマンション住民の親同士が、集団登下校をきっかけに知り合って、新しいコミュニケーションができてきた。それが子供を守ることにつながる。大事なのは続けることです」

 小林容疑者は取り調べに対して「悪いことをしたとは思ってない」「死刑になってもいい」などと供述しているという。こんな“ロリコン殺人鬼”にわずか7年で人生を絶たれた楓ちゃんの無念を思うと、胸がふさがる。

本誌・日下部聡


睾丸摘出も必要!? 「野放しでいいのか性犯罪者」

 ようやく、と言うべきか、有山楓ちゃんの「命」という大きな代償を払って、いま日本版ヤミーガン法ユ制定の機運が高まりつつある。

 ミーガン法とは96年、米国で成立した性犯罪者の情報公開法のことだ。そもそもは、ニュージャージー州の少女ミーガンちゃん(当時7歳)が、性犯罪常習者にレイプされた揚げ句、殺害された事件をきっかけにできた州法。これを手本に連邦法として制定され、性犯罪者の住所や犯罪歴を住民に公開、地域で性犯罪常習者を監視して子どもを守ることを目的にしている。

 それだけでは足りないとの声もある。「ミーガン法だけではまだ不十分。性犯罪者の睾丸を摘出する外科的手術も必要」と、過激とも思える提案が性犯罪治療の臨床家から出ている。性犯罪はそれほど深刻なのだ。だが、日本にはミーガン法も性犯罪者の治療制度さえない。性犯罪に寛容すぎるのだ。

「性犯罪への誤解と理解不足があるのだと思います」

 こう指摘するのは大阪大学大学院の藤岡淳子教授(非行臨床心理学)だ。同教授は府中刑務所などで法務技官の経験もあり、性犯罪を熟知する。

 同教授によれば、大きな誤解の一つは「性犯罪は大人になればやらなくなる」というものだ。事実はまったく逆だという。

「性犯罪者の半数は少年期に性犯罪を始め、加齢につれて犯罪パターンがより悪質になる傾向がある。少年期はのぞきや性器露出、下着盗だったのが、大人になるにつれ攻撃的な性行動にエスカレートすることが多い」(藤岡教授)

 適切な治療を受け、再犯防止に努めなければ完治はないという。1人の性犯罪少年は「生涯380人の被害者を生む」との試算まであるそうだ。

 家族機能研究所代表で精神科医の斎藤学氏も語る。

「小児性愛者の多くが犯罪に走るわけではない。だが犯罪に至る者もいる。しかも彼らは再犯率が高い」

 斎藤医師によれば、性的サディズムや小児性愛は、治療対象の精神障害だという。国際的な診断概念となっている「DSM―W」(米国精神医学界の精神障害診断・統計マニュアル)でも、性障害に1章を割かれて記述されている。

「では治せるのかと言われれば苦しいが、診断がつけば対策はあります」(斎藤医師)

 その一つが冒頭で紹介したミーガン法的な情報公開だ。

「子どもたちの被害を少なくするためにも、その種の人々の居場所は近隣の人が把握するようにするべきです。米国やカナダ、イギリスなど、この方針を明確にしている国々が増えています」(同)

 むろん、ミーガン法には「人権侵害」との声もある。デリケートな問題なのは事実だ。だが藤岡教授も「予防的な措置として、氏名の公表は必要です」と断言する。また公表することが性犯罪者にとってもメリットになると言う。

「周囲に知られていることが再犯のブレーキになる。二度とやらないと誓っても、悪いクセが出そうになる。しかし、誰かに見られていると思えば、犯罪を繰り返さない」

 さらに藤岡教授は、性犯罪者の公開だけではなく、「強制治療が必要」とも訴える。

「例えば、カナダでは性犯罪者に対し1日8時間の治療プログラムを8カ月間続けます。やらないと仮釈放はない、という厳しいものです」

 では日本の刑務所はどうか。

「あくまで作業が中心。いくつかの刑務所で治療プログラムを取り入れていますが、週1回の3カ月程度といった不十分なものでしかない」

 子を持つ親には、性犯罪者の動向を知る権利も、子どもの身を守る手立てを講じる権利もある。と同時に、性犯罪者の社会復帰を見守る義務もあるだろう。だがそれも、治療を受けてからの話だ。治療なしに公表されても警戒感が増すばかりだ。

 性犯罪対策があまりに遅れているのが、この国の現状なのだ。このまま放置すれば、間違いなく犠牲になる子どもは増える。

本誌・若狭 毅






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