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西方見聞録

【西方見聞録】

コンドーム販売是非 両者の言い分

2009年01月16日

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戸田清・環境科学部教授

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簡単な血液検査で、HIVやC型肝炎などへの感染の有無が分かる=長崎市役所

 18歳未満へのコンドーム販売を自粛すべきだとする県少年保護育成条例9条第2項をめぐって続く静かな対立。「撤廃は若者の性行動を助長する」という教育担当者に対し、医療担当者は「性感染症が拡大している現実を理解していない」と訴える。それぞれの言い分を聞いた。(岡田玄)

△▼18歳未満への「制限」県条例巡る対立▼△

 *使うような行為して欲しくない

 浦川末子・県こども政策局長は、性感染症対策でコンドームの有用性を認めながらも「条項撤廃で販売を解禁すれば、性の逸脱を県が認めることにならないか」と心配する。

 性感染症は教育だけで根絶はできないが、コンドームだけでも根絶はできない。「何が本当に命、体を守ることなのか。それをきちんと教えることが本質的な解決になる」。現在の条文は「若い時はコンドームを使うような行為はしてほしくない」というメッセージとの位置づけだ。

 大串祐子・県こども未来課長は「罰則規定はなく、事実上、コンドームは購入できる。相手が18歳以上なら、そちらが購入すればよい」。だから、性感染症対策上は問題ないとの立場だ。

 改正に慎重なのは、条例が性感染症根絶の障害になっていることを示すデータがない上、「性行動に走る極めて少数の子どものために、大多数に性行動を助長するような改正はすべきではない」と考えるからだ。

 同課は「性行動に走る子どもたちは家庭環境などに問題があることが多い」としている。親に相手にしてもらえないなどの寂しさから、性行為にぬくもりを求めているとみる。

 浦川局長は、教員だった30年前に知ったある保護者を思い出す。「責任を持ちなさい」と、高校生の息子の定期券入れにコンドームを入れていた。その時は「なんてことをする親だろう」と違和感があった。「でも、今こそ家庭での性教育が必要」。教育を通して、社会の価値観を軌道修正したいという。

 *性感染症予防の方法講じる必要

 県医療政策課は、性感染症予防の観点から「条例はナンセンス」と訴える。「性行動に走っているのは、ごく一部という認識を変えてほしい」

 01〜03年の厚労省研究班の調査では、3割の高校生に性交体験があり、6割が複数の相手と性交渉していた。毎回コンドームを使用したのは3割にとどまった。

 同課の藤田利枝医師は「性体験のある生徒が3割もいて『ごく一部』と言えるのか。低用量ピルも解禁されており、中絶率の低下が無防備な性交渉の減少とは言い切れない」と主張する。

 学校で性教育をすると、保護者も生徒も「うちの子は大丈夫」「自分は感染しない」と思いこんでいるという。しかし、双方が陰性だと証明されていない限り、「コンドームなしで性行為をすれば、感染しない根拠は何もありません」と、藤田医師。

 性感染症については、病院にも患者にも県への報告義務はなく、正確なデータはない。もちろん学校への報告も必要ない。だが、「知らないことは存在しないことではない」。

 医療現場の実感では、感染は拡大している。「一部の問題のある生徒の話ではなく、問題が少ないと考えられがちな生徒でも感染した例がある」。最近はアダルトビデオの影響で顔や口に射精され、のどや眼球が性感染症になった女子高生もいるという。

 藤田医師は性感染症予防を、乳幼児への虫歯予防に例える。「乳幼児は自分で歯を磨けない。だから、親が磨いてあげる。性感染症を自分で防げない未成年には、親や大人が性感染症を防ぐ方法を講じなければならない」

【キーワード】
 県少年保護育成条例9条第2項
 18歳未満にコンドームなどの避妊用品を「販売し、または贈与しないように努めるものとする」と定めている。販売しても罰則はない。県によると、18歳未満への販売や贈与を制限しているのは全国で長崎県だけという。同条例は、18歳未満の青少年の健全育成を目的に1957年に制定。暴走族など若者が荒れていた78年に「少年を取り巻く社会環境を浄化する」ため全面改正された。

 <戸田・長崎大教授に聞く>

 +問題は大人の性の乱れ 「大人が青少年に手本示す」明記を

 ジェンダー問題に詳しい長崎大学の戸田清・環境科学部教授(環境社会学、平和学)は「18歳未満へのコンドームの販売制限を解禁することが、県による性行動の奨励だと考えるのは短絡的だ」とみる。「ナイフが買えるからといって、子どもが人を刺すわけではないでしょう」

 そもそも販売の制限は、「安易な性行動をしてほしくない」というメッセージになっていないと指摘する。「性という生き方の問題と、コンドーム使用という性感染症予防の手段は別の次元の問題。メッセージを伝えたいなら『問題を自覚できるよう性教育をする』と明記すべきです」。性体験の低年齢化が現実としてある以上、性感染症予防に有効なコンドームの販売を制限すべきではないという考えだ。

 中高生ら若者の性の問題はより広い視点からとらえる必要があるという。買売春は外国にもあるが、新聞や雑誌にポルノや性風俗の情報が載っているのは日本だけ。児童ポルノについても日本は悪名高い。「大人の性の乱れが、若者の性の乱れの背景にある」

 性教育についても、生殖機能や性感染症について教えるだけでなく、性が商品化されていることや性産業で働く人への差別、アフリカなどでの女子割礼の存在など、社会、文化的問題も同時に教える必要があると主張する。「問題を自覚させ、人生の展望を描けるようにするのが教育の役目だ」

 戸田教授は「青少年を保護する条例は、大人がどうするかという条例だ」とし、条例に「大人が青少年に手本を示す。大人の性の乱れ、不正、弱者いじめをなくす」と明記してほしいとしている。

 =予防は感染の有無確認から=

 ・簡単な血液検査、費用無料

 「性感染症予防の第一は、自分が感染していないことを確認すること」と聞き、記者も検査を受けてみた。

 対象は、HIV(エイズウイルス)、クラミジア、梅毒、B型・C型肝炎。いずれも簡単な血液検査で、無料だ。HIVは匿名で受けられる。県内の検査実施機関や実施日は、各地の保健所へ問い合わせれば教えてくれる。長崎市の場合、HIVは検査結果を即日で知ることができる。その他は約2週間かかる。

 予約した時間に、市の保健センターを訪ねた。カーテンで仕切られた部屋に通され、採血した。

 結果が出るまでの間、市保健所の田口久雄医師がHIVや性感染症について説明してくれた。HIVの即日検査では1・46%の確率で、陰性でも陽性と誤って判定されることもある。陽性でも1日3〜4錠の薬を飲むことで、発症を抑えることができ、以前より長生きできるようになった。補助があるため月2千〜2万円の医療費で治療できる、などと教わった。また、性感染症が、HIVに感染するリスクを高めるという。

 受診前、性感染症についてインターネットなどで調べてみた。だが、どの情報が信用できるのか分からず、とにかく心配になった。田口医師は「検査し、陰性と分かれば安心です。性感染症は気を付ければうつらない病気。予防には正確な知識が必要です」。

 ちなみに、記者の検査結果は、すべて「陰性」でした。

 ※  ※  ※  ※  ※

 法律や条例は守られることを前提にしている。行政が法を守るのは当然で、守るよう市民に働きかける役目もある。「規制があってもコンドームは18歳未満も買えるから問題はない」という理屈は、条例で定められた「努力義務」を投げ出してもよいと言っているようなものだ。「性感染症対策という重要な目的のためだから仕方がない」と考えるなら、そう明記すべきだろう。中高生ら若者の性感染症の現実は深刻だ。今後も実情を取材し、報告したい。

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