桜井淳所長の最近の講演内容-ベック『危険社会』に象徴されるリスク管理社会の情報の発信法と信頼性-
テーマ:ブログ【講演要旨】
Ⅰ. PSA手法による原子力発電所の災害評価(レベル1、レベル2、レベル3、レベル4)
原子力発電所の機器・配管等の構成は、非常に大きく、しかも、複雑であるため、個々の機器等の信頼性評価を実施することが難しく、1970年代初めまで、炉心溶融の起因事象の抽出や発生頻度を評価して、環境への現実的な影響評価をすることは、できなかった(AEC 1957)。
ところが、1971-1974年、米原子力委員会(組織改正のため、途中、原子力規制委員会とエネルギー研究開発局に分離)は、原子力賠償法の再検討のため、NASAでロケット打ち上げの信頼性評価のために利用されていたふたつの解析手法であるイベントツリー(Event Tree)法とフォルトツリー(Fault Tree)法を採用し、軽水炉(PWRとBWR)の炉心溶融となる起因事象を抽出し、その発生確率を確率論的安全評価法(Probabilistic Safety Assessments ; PSA)で算出した(AEC/NRC 1975)。その研究では、炉心溶融のプロセスと発生確率の算出に成功したものの、まだ、原子炉格納容器の損傷プロセスや発生確率まで検討されていなかった。
その後、PSAの研究が進み、欧米先進国と日本では、原子力安全規制に採用されるに至っている。今日、PSAは、レベル1(炉心溶融評価)、レベル2(原子炉格納容器機能喪失プロセスと放出放射能ソースターム評価)、レベル3(環境被ばく評価)、レベル4(地震影響評価)から構成されており、レベル4については、着手したばかりであって、今後の課題として取り上げられている。
Ⅱ. AECによる「原子炉安全性研究」の概要
AECは、原子力賠償法の再検討のための参考資料にすべく、1971-1974年(佐藤 1984 152)、MITのノーマン・ラスムセン教授の指導の下に、AEC安全研究局のサウル・レビン次長が総括して、数百万ドルと延べ数百名の研究者を投入して「原子炉安全性研究」(AEC/NRC 1975)を実施した。「原子炉安全性研究」とは、当時、不可能とされていた100万kW級軽水炉の炉心溶融の発生確率を算出し、あわせて、原子炉格納容器機能喪失にともなう放射能大放出事故(代表的なPWR2型事故とBWR2型事故等)の影響を評価した歴史的画期的研究である。
その後、研究は、継続され(NRC 1990)、(1)サリー1号機(WH, 80万kW, 1972.12.22運開)、(2)セコヤー1号機(WH, 110万kW, 1981.7.1運開)、(3)ザイオン1号機(WH, 110万kW, 1973.12312運開)、(4)ピーチボトム2号機(GE, 110万kW, 1974.7.5運開)、(5)グランドガルフ1号機(GE, 120万kW, 1985.7.1運開)、について、より詳細な情報が得られるようになった(桜井 1994)。なお、サリー1号機とピーチボトム2号機においては、地震等の外部事象も考慮されている。
Ⅲ. 日本におけるPSA手法による原子力発電所の安全解析の現状と課題(桜井 1994)
以下の(1)-(8)についてはNRC 1991に記載されている。以下、簡潔に、プラント名・解析チーム及び期間・PSAレベル・解析目標及び結果の利用について記す(桜井 1994 98)。原研は、研究機関であり、独自の計算コードの開発は実施していたものの、実証解析においては、産業界より遅れていた。(1)-(8)において、レベル3まで検討したのは、(5)の事例のみであり、環境被ばく評価の情報管理がいかに難しいか証明している。
(1)ABWR(柏崎刈羽6号機と7号機) 東京電力1984-1988 レベル1と2 最適概念設計を見出すためと補足情報を提供するため。
(2)BWR-3(福島第一1号機等),-4(福島第一2-5号機等),-5(福島第一6号機及び福島第二1-4号機等等) 日本のBWR産業グループ1984-1988 レベル1と2 システムの差を評価するためと補足情報を提供するため。
(3)代表的な4ループのアイスコンデンサ型(大飯1-2号機)及び大型ドライ型原子炉格納容器(大飯3-4号機) 日本のPWR産業グループ1984-1990 レベル1と2 運転中のプラントの炉心損傷を評価するためと補足情報を提供するため。
(4)BWR-5MK2モデルプラント(福島第一6号機及び福島第二1-4号機) 原研1987-1989 レベル1 原研で開発したPSA手法の実機への適用性及び有用性を実証するため。
(5)「もんじゅ」 動燃1982-1992 レベル1と2と3 プラントの総合安全評価及び運転管理に役立つ情報を提供するため。
(6)110万kW級BWR 原子力技術機構1987-1989 レベル1と2 規制当局にPSA情報を提供するため。
(7)110万kW級PWR 原子力技術機構1987-1989 レベル1と2 規制当局にPSA情報を提供するため。
(8)130万kW級BWR(柏崎刈羽6号機と7号機) 原子力技術機構1986-1990 レベル1 許認可手順のバックアップのため。
京大炉の瀬尾健(故人)は、「原子炉安全性研究」と同時に(小出 2008)、決定論的手法でのレベル3の評価手法の開発を実施していた。そして、その手法と開発と実証解析の継続は、同僚の小出裕章により実施されている(小出 2008)。
(9)PWRとBWR 京大炉1970年代半ばから現在 レベル2と3 評価手法の開発と市民へ情報提供するため。
Ⅳ. 原子力発電所の災害評価情報の発信法と好ましい議論の仕方
Ⅴ. 信頼性の高い発生確率算出と感度解析の必要性
Ⅵ. 考察
文献
AEC 1957 ; Theoretical Possibilities and Consequences of Major Accidents in Large Nuclear Power Plants, WASH-750.
AEC/NRC 1975 ; Reactor Safety Study, WASH-1400, NUREG 75/014.
佐藤 1984 ; 『原子力安全の論理』、日刊工業新聞社。
NRC 1150 ; Severe Accident Risks : An Assessment for five U.S. Nuclear Power Plants, NUREG-1150.
桜井 1994 ; 『原発システム安全論』、日刊工業新聞社。
NRC 1991 ; Proceeding of the CSNI Workshop on PSA Application Limitations, NUREG/CP-0115.
小出 2008 ; 私信及び『科学・社会・人間』(2008年3月号)通算105号。