今年から始まった「かたわらに寄り添って」のシリーズ、きょうは福岡大学出身、51歳の医師さんです。
助ける命に格差がある世界の現実や援助活動の光と影に直面したこのお医者さんは、原点を見つめ直そうと、地域医療に飛び込む決意を固めました。
鹿児島県の奄美大島。
毎月東京から、この島を訪ねてくる医師がいます。
福岡大学出身の黒岩宙司さん。
現在は東京大学大学院で国際保健計画を教えていますが、4月からは大学を辞め、この奄美大島で医師として働きます。
勤務するのは島の最南端の町にある病院です。
黒岩さんの専門は小児科ですが、この病院ではお年寄りを中心に、主に内科の患者を診ることになります。
その準備のために、黒岩さんは毎月勉強に訪れているのです。
この日は、初めて訪問診療へ。
病院から遠く離れた地域に住むお年寄りの家庭を回ります。
舗装されていない険しい山道。
半日がかりで訪ねることができたのはわずか8軒でした。
実は、黒岩さんは1989年から2年間、青年海外協力隊としてアフリカのマラウイ共和国で小児科医として勤務し、さらに94年からはJICAの専門家として、ラオスでポリオの根絶という世界的プロジェクトに参画しました。
それらの体験を黒岩さんは去年、1冊の本にまとめました。
アフリカ東南部、マラウイのクイーンエリザベス中央病院。
黒岩さんがまず驚いたのは院内で毎日、何度も耳にする女性の「泣き声」でした。
「小児病棟ではよく子どもが亡くなり、その亡骸と同じ数の母親の鳴き声が響いた。患者にとって最後の砦であるはずの政府系の中央病院で、こんなにも簡単に子どもたちが死ぬことが理解できなかった。」
黒岩さんは、23年ぶりに母校の福岡大学を訪ねました。
本に登場する恩師に出版を報告するためです。
黒岩さんは学生時代、当時、予防接種が世界的に広がったのを受けて命を助ける医学と、人口爆発という現実との間に矛盾を感じていました。
「人口爆発と医学」の矛盾を学生の黒岩さんがぶつけた時、岩崎教授から「医は仁術だ」という答えが帰ってきたことを、黒岩さんは印象深く本につづっています。
しかし、当時の黒岩さんはその答えに納得できず、アフリカ、そしてラオスへ渡りました。
そこで見たものは途上国の自立を阻害する国際システムや、援助活動で利益を上げる先進国の企業、そして環境破壊など美しいスローガンの下に隠された様々な「現実」でした。
本を書いたことがきっかけとなり、黒岩さんは、再び現場に戻る決心をしました。
命は平等なのか、という疑問を抱いて海を渡った医師。
春からは、南の島で患者と向き合います。