名古屋市の西柳公園で行われている越冬活動では、1日もボランティアメンバーが、集まった人たちに食事などを提供していた。名古屋駅周辺を拠点とする野宿の方や日雇い労働者の皆さんが用意されたカラオケを楽しんだり餅つきをしたり、くったくのない笑顔が並んでいた。
1月1日午後、名古屋市中区の西柳公園で行われている第34回名古屋越冬活動を覗いてみた。笹島人権センター、笹島診療所、笹島日雇労働者組合などで結成した越冬実行委員会のボランティアメンバーが、集まった人たちに食事などを提供していた。名古屋駅周辺を拠点とする野宿の方や日雇い労働者の皆さんが用意されたカラオケを楽しんだり餅つきをしたり、不況にもめげない、くったくのない笑顔が並んでいた。
名駅名物・スパイラルビルから徒歩1分で西柳公園。(1月1日、筆者撮影)
今回の活動は12月13日の越冬前段集会から始まり、18日に愛知県、19日に名古屋市との「公園使用許可や越冬への具体的支援確保」の交渉を経て、28日に西柳公園に「診療所や調理用、臨時宿泊用」などのテントを建て、給水タンク、トイレなどの設営をした。以後、連日「生活健康相談、無料散髪、夜回り活動」などを通じ、収入の道が途絶える年末年始の野宿の皆さんらに「いのち」の支援を行っている。
もともと名古屋市笹島地区には職業安定所があり、日雇い労働者が集中する地域で、名古屋地域の単純肉体労働力の一大供給源となっていた。それを支援するボランティア活動にも長い歴史がある。越冬行動のボランティアメンバーに今回の様子を聞いてみた。
つきたての餅から「握り餅」を作っていた、JANJAN記者でもある「ESAMAN」氏の話。
「やはり全国的な不況の影響でしょうね。去年より炊き出しに並ぶ人の数が増えています。さっき(昼)の炊き出しは180食くらい出ました。でも関西から来たという人に言わせると、名古屋のほうがまだ並んでる人の顔が明るいと言っていましたよ。そうそう、昨日、初めてブラジル人が2人来ました。1人はまったく日本語が話せなくて、片言を話すもう1人が派遣切りされたと本当に困っていました。彼らもこれからが大変ですね。
名古屋のメインストリート錦通りに面した西柳公園正面
ESAMANさんにはもっと詳しい報告をこの後してもらう約束をして、次に「一歩の会」の飯田忠男さんに話を聞いた。
「28日に凄い数のテレビ局やマスコミが来て報道してくれたせいか、食糧やカンパが集まりました。炊き出しは昼と夜と決めていましたが、基本的には今ここにいる人たちがおなかを空かせることがないよう、いつでも食事を出せるようになりました。もうこれで餅も17臼も搗いた。今からおやつに餡ころモチと黄粉モチを出すところです」
「ただ不満を言えば、県や国の対策が以前から確実にいた野宿の人たちへの仕事の紹介や住む場所の提供が後回しです。これから出る野宿予備軍への対応のみをしているように思え、対応の順番が違う。30日に敗血症で死んだ仲間がいるように、今、危機的な状況にある野宿の人たちへの手当てが先じゃないのか。国の政策の順番が逆だと思う。おやつの配食は今144人で、あと20食くらいかな。多分、今夜7時の炊き出しは200人を超えると思う」
西柳公園に集まった人たち。ほとんどが男性
ボランティアスタッフの伊藤しげ子さんの話。
「簡単に派遣社員や期間工の首を切る経営者に腹が立つ。トヨタとかキヤノンとか、安い労働力を使って今まで散々儲けてきた人たちが、何にも責任を取らないで、人の首を切るだけで済ませていることにほんとーに腹がたつ。膨大な内部留保があるのに、なんで、それを儲けさせてくれた人たちのために使おうとしないのか、貯め込むばかりで、派遣社員や臨時社員を見殺しにするなんて、人間として恥ずかしくないのか。すごく腹だたしい。最低の人間しか経営者にいないのかと思う………」
100年に一度の大不況というが野宿の人たちには「その日のいのちさえあれば、先のことはわからない」が平常であって、「正月はいつもより恵まれている」ようだった。ただし、これが彼らが望んだ境遇でないのは明白で、頼りにならない政治を頼るしかない現況が哀しい。政治を変えるしかない。そうつくづく思ったのだった。
なお名古屋市は7日まで無料宿泊所(船見寮)を開設している。詳しくは中村区役所または中村福祉事務所へ。ただし4日まで正月休み中。
(下の写真はクリックで拡大します)
ボランティアスタッフを含め200人近くが集まっていた
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スタッフらが次々に餅をついていた
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つきたてアツアツの餅を丸餅にするスタッフ
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お椀にあんころ餅と黄粉餅の3時のおやつを配食
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ゆで卵をつけて一人一人に配る、あつあつの餅
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西柳公園から歩3分のトヨタ駅前本社ビル。天国と地獄とはこのこと?
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