「障害児として生まれない権利」の確立を回避するための法律案を可決

〈02年1月10日・フランス下院〉

 

フランス国民議会(下院)は02年1月10日、「障害児として生まれない権利」の確立を避けるため、「だれも生まれついた障害に対して訴訟は起こせない」との内容の法案を賛成多数で可決した(上院でも可決され、成立する見込み)。

 

問題の発端は、2000年11月、重度障害の青年ニコラ・ペリュッシュさん(19) が、「母親が妊娠中に風しんを患ったことが原因で視聴覚障害になった」「医師が母親の病気を見つけていれば、母親は中絶していた」と、「(障害者として)生まれない権利」を主張した訴えで、フランス破棄院(最高裁)が誕生前に障害を受けた人の「生まれない権利」を認めて、出生前の超音波診断を担当した医師に損害賠償を命じたこと(「ペリュッシュ判決」)に始まる。すなわち破棄院は、医師が障害の可能性を見落としたため、母親が妊娠中絶する機会をのがし、ペリュッシュさんが障害を持って生まれ、その結果、経済的困窮につながったと判断し、その責任を医師に課したわけである。

 

当然、障害者団体等を初め多くの人たちから、「誕生前の障害が発見されたならば誕生させるべきではないのか」「判決は障害者を生きる価値のない人間と決めつけた」「障害者の尊厳(人権)の否定する」につながるもの等の反発が生まれ、また、障害児の出生回避の責任を負うことになる産婦人科医の問では、「100%確実な診断はありえない」として、胎児の超音波診断拒否のストライキを実施、その上判決後に胎児の状態を診断する医師が加入する医療ミスの賠償保険の保険料が高騰するなど、問題は多方面に大きな波紋を投げかけ、フランス社会の一大問題に発展した。

 

そのためフランス政府は、「生まれない権利は障害者を冒涜(ぼうとく=聖・尊厳なものや清純なものをけがすこと)する」として新しい訴訟法を策定、下院では圧倒的多数で可決された。つまりフランス政府は、医師の見落で中絶の機会をのがし、障害をもって生まれた本人が原告となり、医師を訴えることを制限する一方、成人した障害者への公的補助を手厚くすることで、障害者の自己否定ともいえる「障害者として生まれない権利」の定着を回避しようとしたのである。

 

なお、法案では障害者の家族の訴訟権を奪わないために「明らかな医療ミスで子供に障害が生じた場合は(子供ではなく)両親に訴える権利を認める」と付け加えている。

 

日本では障害を理由とする中絶は違法

 

胎児の「出生前診断」には、羊水検査(ようすいけんさ=胎児や羊膜の中を満たす液で胎児・臍帯〈さいたい〉などが圧迫されるのを防ぐ羊水の異常を検出することを目的に行う検査)や超音波検査、子宮の絨毛(じゅうもう=胎盤から子宮壁面に樹枝状に伸びる突起で、これを介して胎児と母体との間での物質交換が行われる)検査などがある。

 

特に、胎児にダウン症などの疾患があるか否かが判明できる「母体血清マーカー」は手軽にできる。それゆえ急速な普及を懸念した旧厚生省の専門委員会は1999年6月、「胎児の疾患の発見を目的とした検査として行われるのは問題がある」などとして、妊婦らに「母体血清マーカー」を積極的に勧めるべきでないと見解をまとめている。

 

さて、日本の人工妊娠中絶は2000年に約34万1,000件(厚生労働省母子保健課調べ)あるが、法律上(母体保護法3条及び14条、超音波診断で胎児の障害が明確になりやすい、妊娠22週以後の人工中絶はできない(胎児の障害を理由とした中絶は違法

 

しかし、EU(欧州連合)諸国のなかには、重度障害の疑いがある胎児に対し、妊娠22週以降の中絶を認める国もある。

 

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