赤字、医師不足とは無縁 岩手・藤沢町民病院
<120人を訪問診療> 医師と看護師を乗せた乗用車は県道から山側の脇道へ。未舗装の悪路に変わったさらに先に、訪問する民家はあった。 9日午前、退院した患者を定期的に回る訪問診療に同行した。 「お正月に風邪はひきませんでしたか」。内科医の松嶋恵理子さん(33)が笑顔で聴診器を手に取る。「ひいたような気もするな。せきが出たから」と佐藤新三郎さん(92)が言うと、居間の雰囲気はさらに和んだ。 佐藤さんは4年前、前立腺がんを患った。長男の妻とみ子さん(60)は「夫は長距離運転手で帰宅は週に1度。なかなか病院に行けないので、訪問診療は助かる」と言う。 町民病院の経営は表のように、設備投資がかさんだ開院2年目(1994年)を除いて黒字を計上。 訪問診療は開院から続く。対象患者は120人に上るが、1日に回れるのは5、6軒。取材した日は4人しか診察できなかった。 「医師、看護師、運転手まで必要。極めて非効率に見えるが、この在宅医療こそが黒字要因になっている」。佐藤元美院長の説明だ。 現在の医療制度では入院が長期に及ぶと診療報酬は下がる。利益につながる新規入院を増やすには、一定の空きベッドがなくてはならない。 「病床利用率80%ぐらいが理想。それには入院患者を在宅医療に切り替えることが必要だ」と佐藤院長。患者が安心して自宅に帰れるように、家の改修助言やヘルパーとの協力など福祉と連携した包括医療に力を注ぐ。 <研修先に恩返し> 95年に始めた「ナイトスクール」も経営を支える活動になっている。 佐藤院長らが地域に出向き、理想の病院像を住民と考える。「外来が多すぎても病院はもうからない。じっくり診察できず、診療報酬の高い複雑な治療はできない」「安易な夜間診療はマナー違反」と説明してきた。 その結果、1日300人だった外来は半減。「30人が来てお祭り騒ぎだった」(佐藤院長)時間外も4、5人に減った。 地域医療の実践は医師不足の解決策にもなっている。54床の町民病院に必要な医師は6人とされる。これに対して常勤医は5人で、非常勤や宿直応援などで10人の医師もかかわり、充足率100%を維持している。 常勤医や応援医師の大半は研修や派遣による町民病院の勤務経験者。栃木県で子育てしながら、訪問診療の応援に通う女医の松嶋さんも、自治医大在学中に2年間、町民病院に派遣されていた。 「患者に合った医療を提供する地域医療の原点を学んだ。病院にも住民にも育ててもらった藤沢に恩返しがしたかった」と松嶋さんは言う。 町民病院は昨年から新たな試みも始めた。研修医の報告会を公開の「意見交換会」に変えた。 医師の卵の成長を見てもらう取り組みは、住民意識を変えるきっかけになりつつある。住民側から「皆さんが藤沢に戻る上で、何が障害になるか」などの質問が出るようになり、敬遠されていた研修医の診察を率先して受ける患者も増えた。 「若い医師を育てる意識が住民に芽生えている。地域に育てられた医師はきっと戻ってくる」と佐藤院長は期待する。 「地域に合った特徴的な医療の実践が、経営安定にも医師のやりがいにもつながる。すべての医師が東大病院や聖路加国際病院など東京の有名病院勤務を目指しているわけではない」。佐藤院長は地方の公立病院の可能性を確信している。 ◇藤沢町民病院の経常損益 1993年3313万円 94年▲5809万円 95年849万円 96年3134万円 97年1343万円 98年2636万円 99年5363万円 2000年5013万円 01年5002万円 02年3644万円 03年3453万円 04年1758万円 05年1億636万円 06年1940万円 07年7950万円 【注】▲はマイナス [藤沢町民病院]1993年開院の地域病院。前身は国保藤沢診療所。診療科は内科、小児科、外科、整形外科の4科で、ベッドは54床。予防医療の健康増進外来、禁煙専門外来も行う。2005年度からは老人ホームなどを含む7事業に地方公営企業法を全部適用し、病院長が管理者を務める。スタッフが患者と一緒に支払い計画を立てるなど、診療費の未払い解消でも独自の努力を続ける。町内にはかつて県立病院があったが、経営悪化、医師不足から68年に廃止された。
2009年01月15日木曜日
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