記者の目

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記者の目:派遣村で「住所不定」の過酷さ思う=東海林智(東京社会部)

 ◇東海林智(とうかいりん・さとし)

 ◇身につまされた人々が救援 行政・政治は真剣に引き継げ

 おどおどと定まらない視線がこれからの我が身の不安を物語っていた。午前0時を回り、神奈川県から約20キロの道のりを歩いてたどり着いたという30代の男性は、凍えた手で野菜スープを受け取った。一口すすり「あーっ」と言葉にならない声を漏らした。聞けば、温かい物を3日も食べていないという。ストーブにあたると、こけたほおにようやく赤みが差してきた。

 年末からの6日間を東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」で過ごした。彼のようにろくに栄養も取れず、衰弱して村に来た労働者は大勢いた。久々の食事に胃けいれんを起こして救急車で搬送された人もいた。改めて、仕事と住居を突然奪われることの過酷さを思った。

 派遣村が企画されたのは解雇や賃金不払いなどの相談に乗っている棗(なつめ)一郎弁護士の「目の前の1人を助けなくてよいのか」という一言がきっかけだった。その問いかけに私も賛同し、実行委員会に参加した。

 労働問題に取り組む弁護士グループと労働組合は先月4日、労働者派遣法の抜本改正を求める集会を日比谷野外音楽堂で開いた。「約3万人の非正規雇用労働者が仕事を失う」との厚生労働省調査が発表された(後の調査では約8万5000人)こともあり、派遣法改正案の問題点を指摘する集会は盛り上がった。

 ただ、集会だけでは仕事と住居を失った人を救えない。非正規雇用者から日々相談を受けている労組には、役所の閉まる年末年始に命の危機にさらされる人が出てくる事態の深刻さがすぐにのみ込めた。ナショナルセンター(全国組織)が違う労組が過去のしがらみを超え、わずか2週間で派遣村の準備をし、献身的に裏方として村を支えた。

 村に集まった500人を通して改めて浮き彫りになったのは、住居を失うことが、再び仕事を得る上でいかに重い足かせになるかということだ。「仕事はいくらでもある」「えり好みをしている」。彼らに対するそんな批判が今回もあった。しかし、彼らは首を切られてから無為に過ごしたわけではない。わずかな所持金でネットカフェなどに寝泊まりしながら、次の仕事を探そうと必死にもがいてきた。しかし、住所のない人を雇う経営者はどれだけいるだろうか。人手不足と言われる職種に応募しても「住所不定じゃね」と雇ってもらえない。面接可能な会社を見つけても、そこへ行く交通費がない。履歴書にはる顔写真を撮影する金もない。にっちもさっちもいかなかったのだ。

 また、今回、村には昨年末に職を失った人だけでなく、数年にわたり野宿をしている人も大勢、炊き出しを食べにきた。カンパに訪れた人に「野宿者に飯を食わすために寄付したのではない」と詰め寄られたことがあった。だが、村では当初から、野宿している人も区別せず食事を出し、対応すると決めていた。それは、現状で野宿をする人も、かつて何らかの事情で仕事と住居を失っているからだ。実際、野宿が長い人に話を聞くと、以前派遣や日雇いの仕事をしていて、仕事を切られたことをきっかけに住居を失った人がたくさんいた。彼らは、昨秋以降の世界同時不況より早い段階で切られただけで、同じように不安定な雇用の中で働いていた。

 派遣村は、そうした雇用の問題を目に見える形で世間に問いかけた。その問いかけへの反応が、1700人に上るボランティアであり、米、野菜など送られたさまざまな支援物資であり、4000万円近いカンパだ。困難な状況に置かれた人への同情もあろう。しかしそれ以上に、こうした働かされ方への怒り、何とかしなければとの思いがあったのではないか。初日から連日ボランティアで参加した都内の私立高校生は「こんなことを続けていたら僕らに未来はない。ここをきっかけに変えたいと思った」と理由を述べた。

 厚労省は日々増え続けた村民に対応するため、実行委員会の要求を受けて担当部局が正月休みを返上し、講堂を開放した。一義的には都が対応すべき部分もあり大変だったとは思うが、幹部は派遣法が招いた雇用の現実を知る良い機会になったのではないかと思う。現場のハローワークや労働基準監督署で働く職員で作る全労働省労働組合は、履歴書用の顔写真の撮影ができる機材まで用意して、連日ボランティアで就労相談にあたっていたのだから。

 派遣村は、幻の村ではなく全国にある問題だ。人が働くとはどういうことか。派遣法はこのままで良いのか。多くの市民が支えた命を、行政、政治が真剣に引き継いでもらいたい。

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 ご意見は〒100-8051毎日新聞「記者の目」係kishanome@mbx.mainichi.co.jp

毎日新聞 2009年1月14日 東京朝刊

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