慶應義塾150年に思う<等々力短信 第991号 2008.9.25.> ― 2008/09/25 06:34
安政5(1858)年の10月中旬、福沢諭吉によって築地鉄砲洲の中津藩中屋 敷で創立された慶應義塾は、今年150年を迎え、11月8日には記念式典が挙行 される。 いま日本は、福沢たちが直面した幕末維新、そして第二次大戦の敗 戦後に続く、第三の転機にあるといわれている。 日本の将来を、どのように 構想していくのか。
今年5月30日福澤研究センター開設25年記念講演会で、寺崎修さん(武蔵 野大学学長、3月まで慶應法学部教授・福澤研究センター副所長)の「福沢諭 吉の近代化構想」を聴いた。 福沢の思い描いたイギリスモデルの議院内閣制 は、戦後の日本国憲法まで待たねばならなかったし、政権交代を伴う二大政党 制はようやく可能性が出て来たところ、財政的裏づけのある地方分権に至って は未だに入口の議論が続いている。 100年前の福沢の提言で、まだ実現して いないものが沢山ある、と寺崎さんは指摘した。
昨年10月の「等々力短信」第980号「爆笑問題×慶應義塾」に、最先端の 研究を進めている8人の教授陣、各分野の専門家が知恵を出して、未来を開く 可能性を見た、そうだ、慶應義塾は総合大学だった、と書いた。 4月のこれ も「爆問学問」の番組で、編集工学研究所長・松岡正剛さんの「編集」の意味 を知った。 それぞれの知には、独自の物の見方や考え方がある。 20世紀ま でに、ほぼ出尽くした、それらの知を縦横に組み合わせた時、新たなアプロー チが生まれるはずだ。 それを「編集」と呼ぶ。
8月、高校時代からの友人で、科学技術・生存システム研究所を主宰してい る神出瑞穂君と話をしていて、「全体とは部分の総和以上のものである」という 「全体システム思考」の考え方を教わった。 人口、環境、資源・エネルギー などの複雑な問題に、専門特化した学問分野の個々では対処できない。 諸科 学を動員して総合的に対応する、システム化、知の構造化によって、問題解決 にあたる必要性が叫ばれているという。
「未来への先導」を記念事業のテーマに、創立150年を迎えた慶應義塾は、 総合大学として、各学部の総力を結集し、衆知を集めて、当面する日本の課題 について、具体的な提言をしていったらどうだろうか。 「福沢諭吉の近代化 構想」の実現されていない部分、「独立心」を持った国民が自発的内発的な主権 者となる民主主義、官尊民卑の打破、国民精神の高尚化と民心の安定などを、 現代に合わせて、どう実現させていくのか。 20年後、30年後の「この国の かたち」を、どんなものにしていくのか、を。
コメント
_ やまもも ― 2008/09/25 13:18
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慶應150年の歴史は、幕末から明治にかけて、「勝った側」でもなく「負けた側」でもない、という立場・方針でいたからこそ、なりたってきた、と考える。このことを、別の言葉でいえば、「独立自尊」になる。