ハルは最近
Kという女性の話を聞いた
現在20代の前半のそのkは 美しく 他人目に見ても家族思いで 優しく思いやりのある女性だった
ニート状態の姉や家族たちの面倒を見ながら 家計を支えていた
彼女は 小さい頃 ジョロウグモと同じクラスの同級生に呼ばれていた
ジョロウグモとは 日本に古来から伝承される 妖怪の名前である
蜘蛛が400年生きると妖力がつき 人間の女に変身すると言われ その名がつけられた
美しい女の姿で現れ 人気の無い所へ誘い込み
耳に調べの良い 琵琶を聞かせる
男たちが 女性の美しさと琵琶の音色にうっとりしている間に
蜘蛛の糸を絡め がんじがらめにして遂には男たちを食ってしまうのだ
何故 そのクラスメイトがKを見てジョロウグモと呼んでいたのかはわからない
ただ彼女が成長するに連れ 彼女が甲斐甲斐しく尽くした男たちは 皆 精気を吸われる様に
無気力になっていった
それと引き換え Kはどんどん美しく 収入も上がり 能力も増していった
彼女はニート状態の姉達の面倒を見ていたが
つい最近 ハルは実はKの何気ない言葉が 姉を引きこもりの原因となっている事を知った
やさしく姉に服等を買いながら 姉が外に出ようとしたり 社会に出ようとする時の
その意欲を減退させる発言を取り続けるのだ
毎日のように姉に対して 太るという発言を繰り返し摺り込むように言って聞かせ
その姉は段々太っていった
やがて恥ずかしいから家の外を歩かないで と言い その姉はやがて家から出歩く事を滅多にしなくなった
姉の面倒を見ながら 牙を一つ一つ削いでいき
やがて姉は家から一歩も出なくなった
その姉と反対にKは 生き生きとし 以前より収入が上がり 男性からよりもてるようになった
まるで姉の精気を吸ってよりパワフルになったかのように
周囲にはKの姿は優しい妹の姿にしか見えない
確かに優しい振る舞いをしてるのだが
人にわからないように その姉の不安をかきたて 姉を自分より劣る地位に引きずり貶める
それでも周囲にはKが良い人のようにしか見えない
ハルはKの話を聞いた時 とっさに光子の姿を思い浮かべた
まるで光子だ
母 光子そのものだ
傍目には僕たち成人しきった子供たちの面倒を いつまでも見ようとする甲斐甲斐しい母親に写っている
口うるさく 自立しろ自立しろと 教育熱心な母親に見えている
でも晴美に対しても 僕に対しても 心底 光子は 僕らが自立する事を 望んでいない
そういう行動を取っていない
僕らが仕事で成功しそうな時は 口では その成功をほめても
表情で寂しそうな顔を浮かべる その顔を見た瞬間 僕は可哀相に思ってしまった
僕が儲かったりすると
「そんな事は余り長く続くものではない 」とか
「もっと苦労してお金を手に入れるもの 」などの言葉を吐いて
そして自分で知らず知らずの内に 自立を妨げる制御をかけさせられていた
晴美も僕も 光子のエネルギー源になっていたんだ
光子にとっては 僕らが弱いまま 経済的に自分にすがりつく姿が 光子の生きる糧となってる
思えば 彼女の周りの友人もそうだった 皆光子と付き合っていく内
経済的に困窮し 身体が弱くなり 光子本人を頼るようになる
光子は彼らに ほんの僅かのお金を貸したり 食事を奢ったりする事で
彼らの恩を買い ますます優越感に浸っている
口では僕らの事をいつも心配してる素振りをしている
でも姉の晴美が結婚できそうな時に 光子は反対した
身体が悪くなってる時に 薬等を晴美に提供していたが
晴美はそれをありがたがり お礼を言って受け取っていたが
光子が与えた薬は 後になって薬害が指摘されてるものばかりであった
また晴美が身体を気遣って 温泉に湯治に行きたいと行ってた時も
たいした金額ではないのに そんな有害な薬代に満たないのに
「ゆとりがあったらね」
その一言で晴美に温泉に行くことを諦めさせたりしていた
将来を心配する口ぶりをしながら その将来の芽や可能性を断つような行動を取ってきている
このままでは僕は 父基次や 彼女の友人たちのように 光子に一生飼い殺されてしまうかもしれない
逃げなければ
最近 光子は ハルの妹の晴枝が タカからお金を借りて
米国で投資する儲け話に出資していた事を凄く心配するようになった
最近の米国の景気の悪さから ハルの妹の晴枝の投資は失敗してる事は目に見えていた
タカから3000万と言うお金を出資してもらったのだが それのリターンはつきそうもない
光子はそのことを心悩み
ハルにこう愚痴るようになった
「タカにお金を返さなきゃ 晴枝の家の敷地分を売ってでもタカにお金を返さないと 」
タカも晴枝も父こそ違え 同じ光子の子供である
しかし光子は タカにお金を返さないと
その思いに掻き立てられてるようだ タカには迷惑をかけたくない
ハルはその姿を見て より確信するようになった
光子は 僕のお父さんの事を本当に好きではなかったんだ
酔いながらたまに基次のことを凄く馬鹿にしている 醜い男だと思っているのが見栄見栄だ
念のため 死んだタカの父親の事をかまかけて聞くと
凄く悲しそうな顔をする
光子にとっては 生活の面倒を見た基次との子供である僕たちよりも
自分を捨てた男との子供 タカの方が はるかに大切なんだ
夜の銀座の女たちは 子供を大事にしない
パトロンやスポンサー
もしくは経済力目当てに結婚し 結果としてできた子供の場合
その大半は 育児を碌にされない 相手にされない まるでその子供の存在を無かった事のように
普段はとことんほって置かれるようになる
あるいは子供たちはその父親達の財布から お金を引き出す時の道具に使われるだけだ
幼い子供たちは 母親の居ない 家族の居ない 部屋の中で ひとり テレビを見ながら
カップ麺や 買い置きのコンビニのパンを食べながら 帰るか帰らないかわからない母の帰りをひたすら待ちわびている
でもそんな夜の銀座の女たちが 大事にする子供もいる
その父親はジゴロであったり イケメンの黒服であったり あるいは芸術家気取りの優男であったりして
容姿的には 男性的にはとことん彼女らの好みである
しかし彼女らとその子供達に対して なんらの責任も負わない男達の子供だ
そういう男の子供程 夜の女たちは大事にしようとする
結果的に自分を捨て 他所の女に走って
産ませっぱなしでまったく責任を取らない男たちの子供であったにしても
彼女らは 好きな男の子供を育てあげる事に この上の無い価値と無常の喜びを感じているようだ
幼い時 ハルはある日 基次が光子に甲高く叫んでいるのを見た
子供たちはその声のけたたましさを聞いて応接間に向かった
基次が光子の前によれよれの身体で立ち尽くしていた
基次は壁や椅子にしがみつきながら 子供達に目もくれず 台所に向かった
そしてその震える手で包丁を持ち それをまた足をよろよろと引きづりながら
光子の前に向かうと やわらその刃を光子の前に突きつけた
晴美は とっさに叫んだ
「パパやめて 」
ハルもその瞬間 凍りついた
ママが刺されてしまうかもしれない
しかしそんな光子は
取り乱す様子も無く いけしゃあしゃあと座っていた
基次が自分を刺せる訳が無い 刺し通す力も無いとそう見透かされてるようだった
この時 何故 基次が光子に刃を向けたのかわからない
理由もわからない
光子にそのときの事を聞いても おそらく嘘の返答が返ってくるばかりだろうから
ただハルにはその時の光子の ふてぶてしさが心に焼き付いている
基次は 娘たちの 止めてと言う声に 踵を返し 台所に包丁を戻しにいった
よろよろする身体で 足のびっこを引きながら