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2009年1月 9日 (金)

素人考え

青空文庫で末弘厳太郎の「嘘の効用」を読んでいたら、こんな文章が。

「嘘の効用」末弘厳太郎

 私は法律家です。ですから、専門たる「法律」以外の事柄については――座談でならばとにかく――公けに、さも先覚者ないし専門家らしい顔をして、意見を述べる気にはなれません。法律家は「法律」の範囲内にとどまるかぎりにおいてのみ「専門家」です。ひとたびその範囲を越えるとただちに「素人」になるのです。むろん「専門家」だからといって絶対に「素人考え」を述べてはならぬという法はないでしょう。けれども、その際述べられた「素人考え」は特に「専門」のない普通の「素人」の意見となんら択ぶところはない。否「専門」という色眼鏡を通して、物事を見がちであるだけ、その意見はとかく一方に偏しやすい。したがって普通の「素人」の意見よりかえって実質は悪いかもしれないくらいのものです。しかも世の中の人々は、ふしぎにも「専門家」の「素人考え」に向かって不当な敬意を表します。普通の「素人」の「素人考え」よりは大いにプレスティージュをもつわけです。例えば、世の中には無名の八公、熊公にして、演劇に関する立派な批評眼を具えているものがいくらもいます。ところが、何々侯爵とか、何々博士とかが少し演劇に関して「素人考え」を述べると、世の中はただちにやれ劇通だとか芝居通だとかいって変に敬意を表し、本人もいい気になって堂々と意見を公表などします。侯爵や博士のくせに芝居のことも人並みにわかる珍しい男だというくらいならばともかく、その男がさも「専門家」らしい顔をして「素人考え」を憶面もなく述べるのをきくとき、また、世の中の人々がこれに特別の敬意を表するのをみるとき、私は全く不愉快になります。かくのごときは実に一種の「不当利得」にほかならないと私は考えています。しかし世の中の「専門家」はとかくこの点を間違えやすい。世の中の人々も、普通にその同じ間違いを繰り返して「専門家」の「素人考え」を不当に尊敬します。私は全く変だと思います。

私の頭にどういう人達の名前が浮かんだか、分かりますよね?

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コメント

本当に、よくわかります。
あの方、この方。

専門を、人一般、人間一般、社会一般に、流布しようという
恥知らずの人々ですよね。

小林秀雄は、そういう人たちを、俎上にも上げなかったのに。

投稿: shabby | 2009年1月10日 (土) 01時20分

すいません。ちょっと、わかりにくかった。

小林秀雄は「専門を、人一般、人間一般、社会一般に、流布しようという恥知らずの人々」については俎上にも上げなかった。という文意です。

できれば、MさんやEさんや動物学者やK山みたいな精神分析屋(中井久夫のぞく)さんには、小林秀雄初期文芸論集 (岩波文庫) を読んで欲しいですね。批評している対象を尊敬しながら、自分を解析しながら、なおかつ批評するという荒技で、見事な着地です。


投稿: shabby | 2009年1月10日 (土) 01時34分

精神科医にはまずい人が多いですよねえ。
小林秀雄と言えば、小林秀雄賞の受賞者と選考委員にその手の人が多いのは奇妙です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E7%A7%80%E9%9B%84%E8%B3%9E

投稿: a-gemini | 2009年1月10日 (土) 10時48分

法律家の専門分野を外れた内容を語っているわけなんで、これ自体が「専門家の素人考え」ですね。末広氏のこの意見を「不当に尊敬」しているのは誰でしょうか?

>私の頭にどういう人達の名前が浮かんだか、分かりますよね?

意味深な問いかけですね。こういう仕儀をもののあはれって言うんでしょうか。

心なき身にもあはれは知られけり
鴫立つ沢の秋の夕暮れ      西行

投稿: 逃山 | 2009年1月14日 (水) 15時33分

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