製造業を中心とした「派遣切り」などで仕事と住居を失う非正規雇用労働者が相次いでいる。就職活動や住居探しなど生活の立て直しが急がれるが、収入が途絶え貯金も尽きた人の自立支援として有効なのが、生活保護の受給だ。【小林多美子、柴田真理子】
■基礎作りの一歩
東京・日比谷公園の「年越し派遣村」にいた失業者のうち223人が千代田区に生活保護を申請し、8、9日に大半に対し1カ月分の保護費が支給されることが決まった。
勤務先の飲食店がつぶれ、昨年10月にアパートを引き払った男性(36)は週3日はネットカフェ、他の日は昼に公園で寝て、夜は起きたままコンビニなどで時間をつぶした。面接に行くにも普段着しかなく、住所が履歴書に書けないことがひけめだった。建築業の寮付きの求人はあったが、作業着を買うお金がない。受給が決まり約12万円をもらった。17日にアパートに入居する予定だ。「生活保護はきっかけであり、最後のチャンス。今月中に仕事を探したい」
さいたま市でホームレスや生活困窮者の生活支援をしているNPO法人「ほっとポット」の藤田孝典代表は「収入がない人にとって、生活保護は自立に向けて動き出すための大前提」と話す。同会ではこれまで約1000人の生活保護の申請をサポート。アパートの確保、仕事探しなどの自立支援を行っている。
埼玉県の元会社員の男性(52)は10年前、18年間勤めたホームセンターが買収され、給与体系が変わり年収が3割以上減った。息子2人の大学受験のために組んだ教育ローンの返済に窮して消費者金融に手を出したのをきっかけに最後は仕事も住まいも失った。
同県内の道の駅などに寝泊まりしていたが、ホームレス対象の健康診断で肺炎と分かり、生活の立て直しを決意した。「自分には生活保護の受給資格はないだろう」と思っていたが、昨年5月、ほっとポットのスタッフが同行して申請し、受給が認められた。
昨年12月にボイラー技士の資格試験に合格し、今は危険物取扱者の試験の結果を待っている。「今は生活保護をもらわないで済む生活の基礎作りをしている」。今秋までに仕事を見つけるのが目標だ。
■まず相談
生活保護申請の手続きの代理や窓口への同行などを行っている「首都圏生活保護支援法律家ネットワーク」事務局長の森川清弁護士は「自分は若くて働けるので受給はできない、などと誤解している人が多い。失業で生活費がなくなったことは受給理由になり、派遣切りにあって住居、職探しをしている人の多くは受給資格があるはず」と言う。
実際に福祉事務所に相談した際に「働けるはず」などと申請を拒まれることが多いという。しかし、「求職活動中でも職が見つからなかったり、面接に行くための交通費すらない場合は、働きたくても働けない状況にあるといえ、申請を拒む理由にはならない」と森川弁護士は指摘する。
「住所がないと申請できないのでは」という誤解も多いという。実際は住民票がなくても申請はできるため、自分が現在いる場所に近い福祉事務所への相談を勧める。また親や兄弟などが健在でも受給は可能だ。福祉事務所から「家族と相談しないと申請できない」などと対応されても申請権の侵害にあたる可能性があるという。
森川弁護士は「生活を立て直して、生活保護から脱却していくことが大事」と話す。「困窮している人を放っておけばホームレスになるしかない。そうなってから体を壊して保護を受けるより、早いうちに生活保護を活用してもらう方が社会にとっても良いこと」と指摘する。
「首都圏生活保護支援法律家ネットワーク」の他、全国5カ所で弁護士と司法書士が福祉事務所に同行するなどの支援活動を行っている。東京弁護士会でも無料(3回まで)の法律相談を受けている。
生活保護の事務は全国1237カ所の福祉事務所が所管する。申請後、預貯金や不動産、就労収入などの調査を経て認定。国が基準を定める最低生活費(個人によって違う)を計算し、収入を引いた差額が支給される。そのため、収入があっても最低生活費に届かなければ受給できる。
通常、手続きには2週間程度かかるが、法律では行き倒れや所持金が尽きた場合など緊急の場合は速やかに保護を開始するよう福祉事務所に求めている。また厚生労働省は昨年12月、失業者からの相談の増加が見込まれることを受け、自治体の生活保護担当課長あてに、相談窓口などで申請を不当に妨げることがないよう伝えた。
生活保護費の主なものは、衣食など日常生活にかかる費用の「生活扶助」、家賃などの「住宅扶助」。その他、就労に必要な技能習得などの費用「生業扶助」▽義務教育費用の「教育扶助」▽医療扶助▽介護扶助▽出産扶助▽葬祭扶助--がある。物価などが考慮され、基準額は市区町村によって異なる。
厚労省の08年度生活扶助基準額の例によると、33歳、29歳、4歳の標準3人世帯の場合、東京都区部で16万7170円、地方郡部で13万680円。
東京23区に住む30代の単身者の場合、生活扶助が8万3700円、住宅扶助は5万3700円。2~6人世帯の場合の住宅扶助は6万9800円。
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毎日新聞 2009年1月14日 東京朝刊