2005-03-13 都市論から見たオタク
■東京都写真美術館「おたく:人格=空間=都市」展

今日が最終日なんですね。いま書くのは遅きに失したというか。
この展示は昨年開催されたヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展の
なんで建築展のテーマが「おたく」になったかについては、日本館の
コミッショナーを務めた森川嘉一郎氏の「趣都の誕生 萌える都市アキハバラ」
が詳しいのですが、この展示会に行くとこれを要約したようなパンフレット
がもらえます(一部で物議を醸しているポスターもA4大のパンフになって
いて、やたら人気があるせいか展示会場の中にしか置いてありませんでした)
参加作家にまず丹下健三が出てくるのですが、大阪の万国博覧会の基幹施設の
プロデューサー(お祭り広場とかでしたっけ)を経て、有名な建築としては
東京都庁、お台場のフジテレビ本社ビル、そして現在コミックマーケットが
開かれる東京国際展示場(ビッグサイト)を手がけているわけで、例の
ポスターを見ると水着少女の背景にある建物がまさにビッグサイトなので
あります。コミックマーケットといえばコスプレということで、スクール
「うる星やつら」のラムちゃんのコスプレとかすごかったのですから、
このポスターを見ると私は夏コミを思い出してしまったりするわけです。
他の参加作家を見ると、有名どころでは海洋堂、岡田斗司夫、斎藤環、
コミックマーケット準備会、といった面々が見られます。
宮崎勤で有名になったおたくの部屋については、当時中上健次氏が
こんなのは中途半端だ、というような旨を語っていたような気がします
が、この事件が起きるずっと前に橋本治氏が自分の部屋を公開して
いたり、元をたどれば坂口安吾の部屋とかもあったわけで、私の部屋の
場合30平米の2Kのアパートの5/6は本とCD、パソコンなどの機器で
埋まっています(Tokyo Styleという写真集がありました。いまは
ちくま文庫)が、こうした個室空間がコミックマーケットを経て現在の
秋葉原へと、都市的変容をもたらした、と森川さんは解説しています。
『この都市的変容の新しさは、それが国や大企業などの戦略的開発に
よるものではなく、おたくという「人格」の地理的規模の集中によって
発生したものだからである。結果、公共空間が個室空間へと同質化し
森川さんのおたく論には若干の疑問がないわけではないですが、
都市論としておたくを論ずるというのはなかなか画期的でしょう。
ネットとおたくが日本より遙かに密接に結びついているいるという
ことも示されており、家電街であった秋葉原が1997年以降おたくの
聖地に変貌していったという指摘も興味深いものでした。
(オウムの「マハーポーシャ」とかを考えるともっと前からその
ような徴候はあったと思いますが)
家電立国であった日本ですが、最近は海外ではSAMSUNGのほうが
Sonyなんかよりデザインもよい、という評価があったり、携帯電話の
シェアでも日本のメーカーはインターネット先進国であるフィンランドの
ノキアや韓国のSAMSUNGにはるかに及ばないという厳しい状況、
情報家電に関しても具体的なビジョンがあまり示されていると思われず、
そのうちアジア諸国に抜かれていくかもしれません。
それでいまのおたくに対してわたしが懸念するのはなんだか海外にあまり
目を向けていないんじゃないか、ということなのですが、これからの
日本がインターネットの普及に伴ってマンガやアニメなどを輸出する、
といった構想が官主導で進んでいる(海外からも期待されている)中で、
当事者たるオタクが積極的に海外とネットを通じてかかわっていく必要が
あるんじゃないか、と思われるのでした。
余談ながら大塚英志の「コミック新現実」で大塚氏と森川氏の対談が
あって、最初のほうだけしか読んでいないのですが、大塚さんが森川さん
に妙に突っかかっていました。なんだったんだろう、一度全部読んで
みなくては。
■今日の妄想- 南セントレア市と愛・地球博

先日「南セントレア市」をめぐるごたごたがありましたが、あれって
「愛・地球博」は名前を読んでみるとアイチキュウハクで、つまり
愛・地球博がどこで開催されるのかよく知らなかったんですね。
しかも名前が問題だということで住民投票してみたら改名どころか
合併に反対、という結果になったわけで、結局なんだったんだ、
と考えてみたらやはり愛・地球博に興味をつなぐためのイベント
だったんっじゃないのって思っちゃいました。
(余談ですが私の本名は知多半島のあたりが由来らしい。一度
行ってみたいのですが。)
2005-03-03 なんてタイミングが悪いんだろう
■大城のぼる復刻

前から噂には聞いていたはずだったが、手塚治虫に多大な影響を与えた大城のぼるの「火星探検」と「汽車旅行」がオールカラーで復刻された。「火星探検」は少し前に丸善から出ていたモノクロ版を間違って2冊買ってしまっていたのに。
「火星探検」は旭太郎(プロレタリア詩人の小熊秀雄の変名)が話を作り大城が絵を担当したもの。函入りで3600円、付録にブックレットがついている。「汽車旅行」のほうは2800円。かつて三一書房の「少年小説大系」の別冊に載ったが見たことはなかった。宍戸左行の「スピード太郎」はみなもと太郎さんが紹介していたのを覚えていて入手していたのだが、「汽車旅行」のほうは宮本大人氏の研究から知ったものである。大城氏と手塚治虫、松本零士両氏との対談を収めた「OH!漫画」は昨年ようやく図書館で読んだのだが、「火星探検」が晶文社から復刻されたのに合わせて出されたのが1982年、もう20年以上も前のことだ。のらくろの復刻版が出たのが小学校のころだったような気がするが、晶文社版も見たことはなかった。
「汽車旅行」では東京から大阪に向かう途中、大船から乗り込んできたアニメーターが「フィルム漫画」の解説をする(戦前で「アニメ」という言葉は影もかたちもない)。この解説が映画フィルムのようにパーフォレーションを両側に縁取ったコマを用いて描かれているなど趣向を凝らしていて素晴らしい。
今年はマンガ周辺の動きがかなり大きくなりそうな気配がある。それにしても高価で、マンガ専門店でないと置いていないが、少女クラブ版「リボンの騎士」のカラー完全版も出ていたりして、こちらは5000円(以上税抜き)。ちょっとこの値段では手が出ない。
2005-03-01 モバイルで書く
■町田にて

aikoのニューアルバムが出ていた。ASA-CHANG&巡礼の「みんなのジュンレイ」もあったので、久々にCDを買うことにする。巡礼のアルバムを店頭で見つけたのは実は初めて。Officialサイトを探すとBloodthirsty Butchersの名があった。ROVOの最新作と坂本九の「上を向いて歩こう」が収録されたアルバム(自分が生まれる直前に出たものらしい)もこの際買ってしまう。クラムボンのニューアルバムが気になるが、4枚も買ってしまったのであきらめる。
この前の日曜日、自転車が盗まれて3週間が過ぎたのでさすがにもう見つからないと断念して新しい自転車を買った。6段変速で17000円。全然金がないがクレジットカードは生きているので夏のボーナス払いという大技を使ってしまった。そんなことがあって今日もCD買うのにボーナス払い。
先月の月末にカードでたまったポイントを図書券に替えたばかり。確定申告の書類がまだ書けていない。年間の医療費は10万円をわずかに超えている模様。休み中保険の勧誘の電話がかかってきたが高血圧でひっかかることが判明。
しかし手持ちのCDはそこそこ中古で売れそうだ。オークションも使ってみたいが配送費がかかっても店に売るよりお金になるかどうか。
小田急の線路を抜けて古本屋を巡る。大島弓子のサンコミ「草冠の姫」を300円で手に入れた。さらに「寄生獣」全10巻を2500円。全部読んでいなかったのでこの価格はありがたい。手持ちの本で売れる本がないかたずねたが、コンピュータ雑誌は取り扱ってない、とのこと。家には300冊くらいあると思うが、やはり売れないか(店内には雑誌は置いてあるのだが)。CDとマンガで1万円、今月はあとはちょこちょこ雑誌を買っておしまいだろう。
駅に向かう途中うどん屋を見つけ、醤油うどんを食らう。最近は家でもぶっかけうどんばかり作っているが、すきやより安く済ませることもできるところがある。西友によって特売品を買う。あとで地元と比べてみたらやはり地域ごとに特売品にも微妙な差があるようだ。JR町田駅北口に到着したと思ったらルミネ前でaikoの新譜を買うとグッズがもらえる、というキャンペーンをやっていた。うーむ、降りるときに南口ではなく北口から降りればよかったか。
■aikoとCocco

aikoの新譜には先行シングルも含めDr.StrangeLoveの根岸孝旨が一部プロデュースで参加している。根岸といえばCoccoのプロデュースが特に有名だが、Coccoの残した4枚のオリジナルアルバムが四季盤ではないかと思いついたのはaikoの四季盤と対応したからだった。「サングローズ」が秋盤とすれば、1stから順に冬、春、夏、秋となる。四季盤はあの川村結花なども出しているが、Coccoとaikoは似ていないようで実は両者には関連性があるのだろう(このへんは私の見てきたところでは少女漫画界で80年代の別マまんがスクールの作家たちにそういうものがあって、研究の対象としていた)。CoccoがベストアルバムでTeam Coccoを標榜したように、aikoもTeam aikoを名乗るようになったし(Coccoが作曲の段階からあくまで根岸氏との共同作業を中心にチームを作っているのに対して、作曲家としてのAIKOは一人で曲を作るので、今後スピッツのようなプロデューサーを変えていく可能性はあるかもしれないが...)、いまiTunesに取り込んでいるが、ロック色を強めて1枚目の感じに近づいている感じ、アレンジャーは3人が担当しており、どうしても根岸氏の担当しているのはCoccoと比較してしまって声質的にいまひとつ感がある。「アンドロメダ」から「かばん」あたりは実にミニアルバムを通して聞いてもすごい、の一言であったが、ここ二枚は完成度よりもいろいろな方向性が混ざって統一感はいまひとつ、一度ながら聞きしただけなので聞き込むと変わるかもしれないが、過渡的な作品という感じ(とはいえふつうの歌謡曲のアーティストと全然ひけはとらないけど)、というよりこれまでが完成されすぎていたのだろう。