桜井淳所長の最近の講演内容-高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の運転再開の可能性と今日的意味-
テーマ:ブログ【講演要旨】
Ⅰ. 世界の高速増殖炉開発
軽水炉(Light Water Reactor ; LWR)では、燃料として、ウラン濃縮度2-4wt%の微濃縮ウランを利用するが、核分裂で発生する熱エネルギーの約80%は、ウラン235の熱核分裂により、残りの約20%のうちの約10%は、ウラン238の0.1MeVに"しきい値"を有する高速核分裂により、残りの約10%は、炉心で新たに生成されたプルトニウム239等の熱核分裂やプルトニウム240等の高速核分裂による。よって、軽水炉では、ウラン235だけが燃料になるわけではなく、ウラン238もそれなりの役割を果たしていると言える。
しかし、ウラン238を燃料として有効に利用するには、そのまま燃焼させるのではなく、高速増殖炉(Fast Breeder Reactor ; FBRの炉心の上下周囲に配置されるブランケットで高速中性子を吸収させ、効率よくプルトニウムに変換し、それを高速増殖炉の燃料にし、そのプロセスを繰り返すことによって、ウラン238を効率よくプルトニウム239等に変換することにより、軽水炉だけでウラン資源を利用すれば、100年くらいであるにもかかわらず、プルトニウムに変換できれば、数百年も利用でき、はるかに長期的に利用できることになる。軽水炉では、燃焼した燃料の60%くらいしかプルトニウムができないが(転換比0.60)、高速増殖炉では120%にも達する(増殖比1.20)。高速増殖炉を運転すればするほど核分裂性物質が増えることになる。
燃料を効率よく増殖するには、工学的・炉物理的にそれなりの工夫が必要になり、"中性子再生率"(最低2以上でなければならず、中性子1個で核分裂を維持し、もう1個でプルトニウムを生成する)の高い核分裂性物質と"中性子エネルギー領域"の選択が欠かせない。具体的には、ウラン233は、熱中性子エネルギー領域で"中性子再生率"が2を越えるため、燃料としてウラン233、ブランケットにトリウム232を利用すればよく(熱中性子増殖炉)、プルトニウム239は、高速中性子エネルギー領域の10keV以上で"中性子再生率"が2を越えるため、燃料としてプルトニウム239、ブランケットにウラン238を利用すればよいことになる(高速中性子増殖炉、ふつう、中性子を省略して高速増殖炉と言う)。
世界的には高速増殖炉の開発が進められてきた。世界で最初に試験的に原子力発電を実現したのは、軽水炉ではなく、米国のごく小型の高速増殖炉であった。しかし、高速増殖炉は、炉心冷却材に空気や水と爆発的反応を起こす液体ナトリウムを利用するため、技術的困難が付きまとい、また、核兵器転用の可能性もあるプルトニウム239を燃料にするため(商用再処理で抽出したプルトニウムでは、プルトニウム238と240の割合が多いため、それらによる崩壊熱により、現実的に、核兵器の製造は、困難と推定されており、現に、世界には、そのような物は、ひとつも存在していない)、政治的思惑もあり、米国は、核不拡散を目的に、1977年に、プルトニウム利用技術の制限策を施した。そのため、1980年代後半から1990年代初めにかけて、英仏独は試験中と運転中の高速増殖炉を廃炉にしてしまった。
現在、運転中ないし運転準備中の高速増殖炉は、ロシアと日本にしかない。韓国・中国・インドは、将来利用すべく、研究・開発中である。その意味で、日本の高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(原子力機構保有、電気出力28万kW)の技術的位置づけは、将来の実用化を視野に入れれば、国際開発センター的な意味合いもあり、経験・ノウハウの蓄積や人材養成を行う上で、重要な役割を担っていると言える。
Ⅱ. 「もんじゅ」の現状と課題
「もんじゅ」は、順調に行けば、1995年臨界、1996年までに試運転を完了し、設計の妥当性が確認でき、残る課題として、定格運転でのプラントの信頼性の確認、それに、将来のための研究や技術開発、さらに、保守・点検・運転のための人材養成に向けられるはずであった。しかし、1995年に実施された低出力での臨界試験の段階で、二次系冷却配管で液体ナトリウム漏れが発生し、火災事故に陥ってしまった。液体ナトリウム漏れ・火災事故としては、決して、大きくなく、深刻な内容ではなかったにもかかわらず、当時の所有者の動燃の情報発信の不適切さのために、地方自治体からの不信感だけでなく、広く社会の強い批判にさらされてしまった。
純粋に技術的観点からならば、1年間で修理・運転再開が可能であったにもかかわらず、社会からの不信が解けず、地方自治体からの運転同意が得られなかったために、1995年以来今日まで、約13年間も停止を余儀なくされている。その間、動燃は、システムを維持するための電力費用等により、年間約100億円もの維持費を費やしてきた。そして、現在の所有者の原子力機構により、運転再開の準備が進められており、多くの不手際があったものの、今秋にも運転再開できそうな段階に達している。これまでに多くの安全対策のための時間があったにもかかわらず、最近、多くの液体ナトリウム漏れ検出器の不作動や排気塔の金属円筒部の減肉・腐食が発見される等、技術管理の注意力と技術力のなさが目立っている。
「もんじゅ」の開発は、"ナショナルプロジェクト"としての国産動力炉開発にもかかわらず、開発者の能力不足と責任感のなさにより、注ぎ込んだ税金に匹敵する成果がまったく上がっていない。そのため、開発者がどのような言い訳をしようと、"ナショナル・プロジェクト"としては、歴史的・技術的に見ても、失敗例と位置づけられる。「もんじゅ」の建設費は、契約当時の金額で、100万kW級軽水炉2基分に匹敵する7000億円にも達するが、現在の貨幣価値に換算すれば、1兆円にも達する。原子力産業界からは、当時、前例のない技術であったため、開発費込みの金額が上乗せされており、動燃の技術力のなさのためもあって、いいようにカモにされてしまい、適正価格の倍も騙し取られてしまった。動燃設立時に採用された"業務委託方式"による"参謀本部的役割"は、日本の技術力の総力を吸収・活用するためとの美辞麗句が掲げられたが、実際には、税金としての開発予算を合法的に産業界に横流しするための公金横領方式に他ならなかった。
Ⅲ. 耐震安全性
「もんじゅ」は、日本でも有数の地震地帯の敦賀半島先端に設置されており、一昨年から適用されている新耐震指針により基準地震動(Seismic Special ; Ss)を算出すれば、600ガルにも達する。原子力発電所の機器・配管等は、高温にさらされており、運転停止・起動を繰り返す中で、金属は熱膨張をするため(特に、「もんじゅ」の配管等は、500℃という高温であるため、30cm差もの収縮が繰り返される)、地震対策として、単純に配管等を金具で強く固定することは、できない。もし、固定すれば、かえって配管に応力集中が発生してしまい、それを繰り返すことにより、亀裂の原因になり、大規模な損傷や破断に結び付き、大事故に陥る。
「もんじゅ」の配管は、高温時に、自由に伸縮させるため、また、圧力が高くないため、配管の厚さは、驚くほど薄く、わずか数mmに過ぎず、また、延びをうまく逃すため、配管は複雑に曲げてあり、固定のない配管が地震時に激しい繰り返し応力にさらされたならば、破断の恐れがある。世界でも高速増殖炉を地震地帯に設置した経験は、なく、これからの「もんじゅ」の運転には、大きな不確実性が課せられていると言える。「もんじゅ」をいまの場所に設置したのは政策的誤りであった。
Ⅳ. 核燃料サイクルの社会学
核燃料サイクルの要の高速増殖炉と再処理施設をどのように位置づけ、将来に備えるかは、世界の政治・経済を考慮したならば、意見の別れるところであり、もし、プルトニウム利用技術の拡大を図っても、マイナスの社会的要因が生じないならば、止める必要はないが、実際には、技術的にも、経済的にも、社会的にも、政治的にも、問題が山積しており、欧米先進国のいまのような選択は、むしろ、賢明であるとさえ思える。日本が政策的に優れているとは言えないだろう。欧米の関係者は、世界の現実を直視して、途中で止める勇気を備えているが、日本の関係者は、どのような問題が生じようが、世界の状況が一変しようが、たとえ、誤りに気づいても、途中で止めようとしない。さらなる誤りと浪費を繰り返す。「もんじゅ」の運転再開は、原子力界の古い価値観の呪縛に支配されている。
Ⅴ. プルトニウムの政治学
特別な運転パターンを選択しない限り、通常のパターンの運転での商用軽水炉で生成したプルトニウムからは、効率がよくて信頼性の高い実用的な核兵器を製造することは、まず、できないと考えてよいだろう。世界には、軽水炉で生成したプルトニウムを利用して製造した核兵器は、ひとつもないことが、そのことの証明になっている。1962年に米国が実施した原子炉級プルトニウムによる核実験は、軽水炉のプルトニウムではなく、英国の軍事用・発電用二重目的炉で生成された物で、どちらかと言えば、兵器級に近い約80%のプルトニウム239組成になっていた。
困難の原因は、主に、プルトニウム238と240の崩壊熱によって、少なくとも、発熱量が200W、多くのプルトニウムを利用する大型核兵器の場合ならば、発熱量は、数百Wにも達し、たとえ、少ないケースでも、融点の比較的低いプルトニウムでは、溶けてしまう。高速増殖炉のブランケット燃料には大量の超兵器級(96wt%、兵器級は93wt%)のプルトニウム239が生成される。世界が、なぜ、殊の外、高速増殖炉と再処理施設を問題視するかと言えば、きわめて良質のプルトニウムが大量にできるためである。