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孤独の岸辺:/10止 犯罪繰り返す高齢者

 ◇刑務所に「居場所」求め 実家にも戻れず、街うろつく

 眼下に広がる有明海が冬の陽光に輝いていた。長崎県雲仙市にある福祉施設で暮らす男性(68)は久しぶりの穏やかな正月を迎えた。3カ月前、塀の中にいた自分がうそのようだった。

 05年夏、同県佐世保市。一軒の寺でいつものようにさい銭箱をひっくり返した。10円玉が音を立て辺りに散らばった。急いでかき集め、敷地を出たところで警察官の姿が目に入った。被害金額9314円。常習累犯窃盗罪で懲役3年、11犯。半年前に長崎刑務所を出たばかりだった。

 島原半島南端の貧しい農家に生まれた。小さなころの病気で軽い知的障害が残った。40歳で同じ工場で働く女性と結婚。つつましいが幸せな生活のはずだった。

 だが、2年後。近くの神社のさい銭に手をつけた。なぜかは覚えていない。離婚、解雇と転落への歯車が回るのは早かった。

 刑務所を出ては、また盗みの繰り返し。仕事は数カ月しか続かなかった。何度目の出所だっただろう。実家に戻ると、身の回りの物が家の外に山積みに放り出されていた。「ここにはおられん」。自転車のペダルをものすごい勢いで踏んだ。刑務所を訪ねてくれる家族や知人は誰もいなくなった。

 やがて橋の下で暮らすようになった。腹が減ると罪悪感が消え、盗んだ硬貨を郵便局で両替し、焼き肉定食を食べる。その時だけ息をつけた。

    ◇

 08年6月。女性(78)は3年半の刑期を終え、東日本のある刑務所を出た。

 福岡・筑豊出身。父は炭鉱の事故で亡くなり、母は数年後に蒸発した。雑踏ですりを始めたのは8歳。以来、生活費はほとんど他人の財布から得た。重ねた前科は23。刑期は40年を超えた。どこにも行くあてはなかった。

 「放火はおつとめ(刑期)が長い」。受刑者仲間の言葉が頭をかすめた。首都圏のある街で、空き地にあった雑誌に火をつけ、現場近くをうろうろ歩き回った。やがて駆けつけた警察官を見て、ほっとした。だが、返ってきたのは「おばあちゃん、だめだよ」の一言。必死にこれまでの「悪行」を訴えたが、笑ってかわされた。

 昨年暮れの東京・上野公園。炊き出しを待つ200人ほどの列に並んだ。湯気の上がるうどんを無言で受け取り、一本ずつゆっくりと吸い込んだ。家族連れでごったがえすアメヤ横丁を尻目につぶやいた。「人でん殺さんば(人でも殺さなければ)、あそこ(刑務所)に戻れんとでしょうか」

 07年末時点での60歳以上の受刑者は9382人にのぼり、10年前の3783人の3倍近く。同年に法務省が行った高齢犯罪者の抽出調査では、4人に1人が「前科・前歴11回以上」の累犯者だった。

    ◇

 長崎の男性は、障害を持つ受刑者の更生を目指す国のプログラムで、昨年10月の出所後、福祉施設へ入った。仲間と将棋盤を挟んで向かい合ううち、笑みを浮かべるようになった。「寝る場所、食べる場所ができた」

 明けて正月。野菜がどっさり入った島原名物の具雑煮に「夢のごたる(夢のようだ)」と目を細めた。近くの神社に初詣でに行った。投げた10円玉がかすかな音を立て、さい銭箱に落ちた。【林哲平】=おわり

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毎日新聞 2009年1月10日 東京朝刊

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