昨年中の交通事故死者は、一昨年より589人少ない5155人だった。依然として多くの命がクルマ社会の犠牲となっている冷厳な事実に心が痛むが、警察庁によれば、8年連続の減少という。過去最悪の1万6765人を数えた1970年の31%でもある。人身事故件数も前年より約8%減り、負傷者数は10年ぶりに100万人を下回って約94万人となった。
事故が減少したのは、不景気やガソリン代の高騰で交通量が減った影響、とも指摘されている。死者数が減ったのも、車の安全性能や救急救命医療の向上、道路環境の整備などによるところが大きい。
しかし、70年の交通安全対策基本法の制定以来、政府を挙げて「交通戦争」と向き合い、全国の警察を先頭に官民で安全運動を展開してきた成果が表れていることは間違いない。自動車の保有台数や運転免許取得者が急増し、道路網も大幅に延伸したことを勘案すれば、施策の数々は奏功していると言えよう。
気がかりは、ドライバーの安全や法規範に対する意識が必ずしも高まっていないことだ。重大事故が起きるたび飲酒運転の撲滅が叫ばれてきたのに、違反者は後を絶たない。悪質なひき逃げが相次ぎ、携帯電話片手の運転やテレビを見ながらハンドルを握るドライバーも目に付く。
死者数の減少が、交通関係法令の厳罰化と相関していることにも注意したい。03年に約半世紀ぶりに8000人の大台を割った後、減少の流れが加速したが、その前々年には危険運転致死傷罪が新設され、前年には飲酒運転やひき逃げの罰則が強化されている。
昨年の死者数が一昨年の約90%にとどまったのも、昨年6月から後部座席のシートベルトの着用義務違反が摘発対象になったことが大きな要因、というのが警察庁の分析だ。幼児3人が死亡した06年8月の福岡市の事故を受け、飲酒運転の取り締まりが強化されると、飲酒運転の摘発数が大幅に減少した経緯もある。
ドライバーの自覚や自戒のたまものでなく、刑罰に威嚇されて事故が減ったとするなら情けなくないか。現状では慢心などによる事故の危険がぬぐい去れないのではないか。
一人一人が自動車は危険物との認識を新たに、交通安全を心がけねばならない。被害者や家族らの物心両面での損害や、加害者になった場合のダメージについて想像力を高めることも重要だ。幼少時からの安全教育にも創意工夫を凝らしたい。
政府は「10年までに死者を5500人以下に」との目標が達成されたと評価している様子だが、目標値の設定が甘すぎたにすぎない。年末年始の死者数は昨シーズンよりも増加に転じている。油断せずに対策強化に努めるべきだ。
毎日新聞 2009年1月12日 東京朝刊