メンターダイヤモンド学生記者クラブのBlogです。

金曜日、銀座8丁目、午後7時(早稲田大学 小野美由紀)

午後7時ごろ、銀座8丁目のモスバーガーの窓際の席は、
これでもかと言うくらい、天に向かって結い上げた
夜会巻きのお姉さんたちで埋め尽くされる。
まるで、止まり木に並んだ色とりどりのインコみたいだ。


斜め向いの席の、ひっきりなしに届くメールに
一心不乱に返信しているお姉さんは、
二年前、私がヘルプに付いて、水割りを作っていた女性だ。
今も、同じ店ではたらいているのだろうか。


夕陽が落ちたあとの、銀座8丁目界隈に流れる、
「さぁ、今日も稼ぐぞ」という意気込み渦巻くあの雰囲気が、
私は嫌いではない。
むしろ、身をおいていたい。心地良い。楽しくなる。


2年前、必死に金を稼いだあの期間は、修行だった。


最初は留学費用を貯めるため、勉強の時間が削らずにできる、
一番効率のいいアルバイトだった。


銀座で一番高級な店を選んだのは、
日本を動かすトップの人々と話してみたかったからだ。
メディアを賑わす、肩書きを背負った彼らではなく、
生身の人間としての彼らを、
息のかかるくらいの近さで観察してみたかったからだ。


店の中には、ふわふわした世界が夢のように広がっていた。
日本でも有数のクレジットを持つ名刺が山のように溜まっていった
(持っているだけでは、何の機能もしないのだが)。


しかし、夢のような世界の裏側は、一瞬一秒が戦いだった。


銀座で40年以上の歴史を持つ高級店の、客が入った途端、ピリッと変わるあの空気。
けだるくまどろんだ控え室が、獲物を迎え撃つ緊張と、
きわどい口紅の赤に染まるあの瞬間。


ホステスたちは、牙の代わりに唇を、獰猛な赤で研ぎ澄ます。


席に着いた途端、お姉さんに居ずまいを直されはじめる。
背筋を1ミリゆるめただけでも、扇子で背中を叩かれる。
「若造はいらん。学生は帰れ。」と、
戦後から銀座で遊んでいそうな老獪に吐き捨てられたこともある。


ここで起きているのは、コミュニケーションのみで相手を制する戦いだ。
言葉の一刺し一刺しが、相手の懐を衝くための武器。
一瞬でもひるんで、相手を退屈させたら終わりだ。
「ああいえばこういう」の型を覚えるため、お姉さんの言動を必死に追った。
「守」「破」「離」の「守」を、必死で身につけようとした。


毎日が鍛錬だった。
この道で生きる人々の、研ぎ澄まされた立ち居振る舞いを少しでも盗むための。
30年間、この道で生き抜いてきたお姉さんの、
豪奢な着物で包まれた丸い肩には、居合いのようなものが漂っていた。


いつのまにか、お金を稼ぐことより、お客さんの
「楽しかったよ、ありがとう」という言葉をもらうために、働くようになった。
一瞬、一秒たりとも相手から目をそらさず、
コミュニケーションに死に物狂いになった経験は、あれ以外にない。


60歳のママが、口を酸っぱくして言っていた


「守れない約束はするな」
「どんな小さな縁でも大切にしろ」


という言葉が、いつのまにか、心の中に、
柱のごとくずっしりと立ちそびえた。
彼女は私が初めて出会った、生身のグレートメンターだった。


初めて見た「社会」は少々特殊な世界だったが、
その道一本で生きる、「達人」の傍で働いた経験は、
きっとこれからの人生の支えになる。そう確信している。


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コメント: “金曜日、銀座8丁目、午後7時(早稲田大学 小野美由紀)”

  1. かな :

    人によっては『話しているだけで高時給のバイトっていいよね』なんて思う人がいるかもしれない。

    けど、人を見て話を変えながらも楽しく話をすること。そして来てくれたお客様を満足させることを毎日プロとして必死に仕事をしている女性は素敵だと思います。

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