正月明けに中国の天津から国際電話がかかってきた。数年前、私が大学で教えていた時の女子留学生。「先生、おめでとうございます」と達者な日本語が返ってきた。
近況を「いまも毎日ネットをやっています。中国人は議論好きですから」と笑った。コミュニティー型のウェブサイトSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に登録し、意見を書き込み、見知らぬ人と議論を交わしている。
今年32歳。天津の大学を卒業後、東京の大学に私費留学。今は天津の実家で暮らし、アルバイトで小遣いを稼いでいる。一人っ子政策で両親との3人家族。元公務員の父親は年金暮らしだが、中の上のクラスだろう。
「最近、日本のことで話題になったのは亡くなった女優の飯島愛さん。彼女は中国でも知られていましたから」「中国の若者の日本の漫画やオタク文化に対する関心は強いです。自分たちにはない変わった文化だな、という好奇心かしら」
彼女が登録しているSNSは開放型で、私ものぞいてみた。金融危機について「なぜ人は自信を失うのか」との意見開陳、北京で閉幕したスペインの彫刻家、マノロ・バルデス展を通して見たスペイン現代芸術、「気候変動での中米両国の政治背景」という論文も。
ネット論壇コミュニティーには、同じような考えとスタンスの人が集まる傾向があり、ここは総じてまじめな議論の場との印象だ。
反日デモが吹き荒れた05年、彼女は別のSNS上で「日本」について毎日やり合った。日本批判に、「もっと現実を見て日本批判をすべきだ」「今の中国のナショナリズムもおかしい」。一つ発言すると嵐のような反発が殺到したが、それにも果敢に反論した。もちろんここは匿名でだ。
彼女の話を聞いていても、中国のネット論壇の活況がわかる。ネット上で交わされる議論が、さまざまな人を巻き込んで膨らんでいく。これが日本と違う。日本では、ネット論壇と、新聞、テレビなどの既存メディアの論壇の間に断層があるように思う。
中国では(韓国も)、既存メディアの論壇とネット論壇が相互乗り入れし、ネット論壇もメディア論壇に影響を与えている。ここを知らないと、なぜ中国政府がネット論壇にあれほど過敏になるか理解できない。日本の既存メディア、つまるところジャーナリスト個人だが、もっとネット論壇に目を向けていい時代にある。(専門編集委員)
毎日新聞 2009年1月10日 東京朝刊